欲しくない
教員になって一年が経った。
荒れた学校。
授業なんて誰も聞いてない。
初めは注意したりもしたけど、先輩に「無駄」って言われてから、やめた。
他の先生たちもやる気がなくて、自分の授業をして、定時には帰る。
生徒指導も会議も流れ作業。
保護者はうるさくて、納得のいかないクレームをつけてくるけど、ただ頭を下げていればいいって教わった。
私の想像してた生活とは明らかに違ってた。
向かない仕事。
毎日が嫌で、つまらなくて仕方なかった。
いつも、楽しいことを探してた。
あの人に会うまでは。
- 投稿制限
- 参加者締め切り
「高畑先生」
印刷室で書類の整理をしているとき、後ろから迫力のある声で呼ばれて思わず振り返った。
…さっきの新しい先生だ。
「…はい」
「俺、同じ学年部になった佐伯です。よろしく。」
「た、高畑です。こちらこそよろしくお願いします。」
「高畑先生若いよね。いくつ?」
「25です」
「やっぱ若いな~。俺今年35なんだ。去年来たばっかりなんだよね」
「はい。二年目です」
「ここの生徒荒れてるって聞いたんだけど、どんな感じ?」
「…授業が成り立たないんですよ。騒ぐし注意すると余計にひどくなって。もちろんきちんと聞いてる生徒もいますけど、本当にごく一部。」
「そっかあ。噂のまんまだな。」
「噂?」
「ここに決まったとき、あの荒れた学校になったかー。あそこに行くと必ずやる気をなくすからなーって言われてさ」
「そうなんですか。」
「俺も生徒来るまでは何ともいえないけど、きちんと一人一人と向き合って話したら、案外話しわかる生徒もたくさんいるんじゃないかって思うんだけどな」
「…どう話したらいいか、誰もわからないんですよ。」
「…なるほどな」
近くで見ると本当に逞しくてスーツが窮屈そう。テレビで見るアスリートみたい。腕なんて私の三倍くらいありそう。
つい、じっと見てしまう。
連れてきてくれたのは、おしゃれなレストランで、ゆっくり食事をしながら仕事のこととかいろんなことを話した。
佐伯先生は面白くて、とにかくたくさん笑った。
佐伯先生も職場よりも柔らかい笑顔で、そんな表情を見せてくれたことが何だかとても嬉しかった。
レストランを出てから、少しドライブをして、夜景の綺麗な港で車は停まった。
少しだけ沈黙が流れた。
「俺、あの学校行くの楽しみだったんだ」
「…荒れた学校って聞いてたのに?」
「…先月移動決まって、すぐ挨拶に行ったんだよ。その時に職員写真で高畑先生の写真見て…。可愛い子だなって思った。早く会ってみたいなって思って、4月になるの待ち遠しかったんだ。
実際に見たらやっぱり可愛くて、名簿見たら名前が下にあったから若いんだろうなって思って、相手にしてくれないかなって思ったんだけど…今日食事付き合ってくれて、すごく嬉しかった」
…驚いた。
…きっと私は今真っ赤になってる。
…私は写真写りも良いほうじゃないし、男の人に可愛いとか、そんなふうに言われたことはなかった。
「…高畑先生が嫌じゃなかったら、俺と付き合って下さい。」
「…はい」
「はいってことは、良いってこと?」
「はい」
「…俺、高畑先生より年だいぶ上だし、煙草も吸うよ?」
「…だいぶでもないですよ。煙草は知ってます」
「…本当にいいの?」
「…はい」
「…すごく嬉しい」
佐伯先生は、見たことがないくらいはしゃいでた。
でも、きっと私のほうが佐伯先生より嬉しい。
「じゃあ、高畑先生のこと、これから下の名前で呼んでいい?」
「はい」
「…リオ…あ~何か、恥ずかしいな」
佐伯先生は自分で言ってから、すぐにハンドルに顔を伏せた。
そんなところもすごく可愛いなって感じた。
「…佐伯先生のことは何て呼んだらいいですか?」
「…何でもいいよ。友達にはエイジってそのまんま呼ばれてる。あとエイとか。」
「じゃあ、エイくんにしよ」
「えー(笑)何か変。エイジでいいよ。呼び捨てで」
「いいじゃないですか?」
「…いいよ。違和感あるけど」
佐伯先生は自分の椅子を倒した。
「…もし、振られたら今年一年どうしようかと思った」
…それは、そうだ。
席だって斜め向かいだし、学年部も分掌も一緒だった。
「不安だったけど、思ったこと言わないと堪えられない性格なんだよな。」
「…私も、最初佐伯先生のこと見た時、素敵な人だなって思いました」
「…嬉しい。本当に嬉しい」
自分が憧れてた人から、付き合ってほしいなんて言われたの生まれてきて初めてだった。
すごく嬉しかったし、この日の佐伯先生は、本当に可愛らしく感じた。
きっとこの人となら幸せになれる。
まだ、相手のことを何にも知らないのに、私は舞い上がってた。
考えもしなかった。
彼が普段見せない顔を持ってるなんて。
彼は、サディストだった。
帰ってからは、ずっと二人でLINEをしてた。佐伯先生は部活があったから夕方まで忙しそうだったけど、合間を見て返してくれた。
土曜日の夜は友達と飲みに行って、彼氏が出来た報告をして朝まで飲んだくれてた。
日曜日は昼まで寝て、隣町の大きなホームセンターまで買い出しに出かけた。
冬物の布団をしまう収納袋が欲しくて。
…あ、洗剤の詰め替えが安い。買いだめしちゃお。…重いから三個…いや、四個…
「リオ?」
迫力のある声で呼ばれて、振り返ると佐伯先生がいた。
「佐伯先生!お買い物ですか?」
「ペン出なくなっちゃって」
「すごい偶然ですね」
「俺ん家すぐそこなんだよ。よくここ来るの?」
「いろいろ揃ってるし、安いから」
「…一人?」
「はい。」
「良かったら、少しドライブいかない?」
「…行きます」
他愛ないお喋りをして、たくさん笑って、気が付くともう日が傾いていた。
「きれーだな」
夕陽を見ながら、佐伯先生が言った。
「きれーですね」
しばらく、ぼんやり夕陽を眺めてたら、佐伯先生の手が私の手を握った。
私も握り返した。軽くだけど…
…さっきまであんなに笑ってたのに、急に胸が高鳴った。
…何を考えてるんだろう。
「…リオ」
「…はい」
目が合って、思わず逸らした。
…こういうの、慣れてない。
「…可愛いな」
佐伯先生の顔が近付いてきて…
私は思わず顔を逸らしてしまった。
…嫌なんじゃなくて、恥ずかしくて。
「…嫌?」
「嫌じゃないです。…まだ、恥ずかしくて」
「…恥ずかしくないよ」
「…だけど」
困ってしまった私を見て、佐伯先生は笑った。
「仕方ない(笑)待っててあげよう」
どこへ向かうのか車を走らせながら、佐伯先生は私の手を握った。
「今まで何人と付き合ったことがある?」
「…3人です」
「長く続く方?どのくらい付き合ったの?」
「1人目は幼稚園の年長さんのときで、卒園と一緒に別れました」
「ほー(笑)」
「何笑ってるんですか?」
「いや(笑)2人目は?」
「小学校一年生のときに、隣の席だった子で、いつの間にか転校してました」
「ほー(笑)3人目は?」
「…高校から去年まで付き合ってました。」
「…長いね。どうして別れたの?」
「…自然消滅です」
「なんでまた」
「いろいろあって嫌いになったんです。それで連絡するのも嫌になって」
「…浮気とか?」
「…それもあったのかなー。直接は関係ないですけどね」
「…そっか」
「佐伯先生は何人と付き合ったことあるんですか?」
「…俺は、ちゃんと将来考えて大好きで付き合った人は一人だな。」
「…ちゃんと考えないで付き合った人は?」
「…何人かいるよ」
「何人?」
「…5人か6人かな」
「5人か6人かわかんないってことですか?」
「…そういうことじゃなく、だいたいってこと」
「…ふーん」
「リオは付き合ったの一人か」
「三人ですって」
「…幼稚園と小学校カウントするなよ(笑)」
「…だって付き合ってましたもん」
「…じゃあ、セックスしたのは何人?」
「…一人です」
「長く付き合った人?」
「…はい」
「…セックスは好き?」
「嫌いです」
「どうして?」
「…その人、私とする前に風俗行ってたんです。それで、風俗の女の子といろいろ比べられて、「エッチするとき女は普通こうするだろ」とか「風俗の子は良かった」「やっぱりプロは違ったな」とか言われて…私それでもう苦痛になっちゃって…」
男の人にここまで言っていいんだろうか…
喋りすぎちゃったな…
「…その男アホだな」
「…はは。そうかも」
佐伯先生は私の手をギュッと握った。
「リオは自分からセックスしたいなって思ったことはない?」
「…ないです」
「…セックスが嫌いなら、無理にはしなくていいよ」
「…」
「…子供は欲しいから、そのときはしたいけど」
「…私も子供は欲しいです」
「…じゃあ、リオがしてもいいって思ったときにしよ。俺もういー歳だから、性欲も減退してきてるし安心して」
「…はい」
そのまましばらく時間が流れて、佐伯先生の身体が離れた。
「…そろそろ、戻るか」
「はい」
私は、長い時間緊張に晒されて身体がぽーっとしてた。
さっきまであんなにお喋りしてたのに、佐伯先生は急に静かになった。
…疲れてるのかな。
横顔をじっと見てたら、佐伯先生が気づいて、私の手を握った。
「なんだよ?じっと見て」
「…いえ、べつに…」
「…幸せだな、俺。こんな可愛い彼女ができて」
「…あ、…ありがとうございます」
「…このまま送るの嫌だな」
「…え?」
「ずっと一緒にいたい」
「…」
…どうしよう。
…そんな心の準備できてない。
「…なんて、困るよな。ごめん。約束通り送るよ」
…本当は強引に誘われたら、応えてもいいって思ってた。
でも、佐伯先生は案外あっさり引いて、私は家まで送られた。
ほんの少し残念。
佐伯先生の身体…
たくましい腕、身体、体温…
思ってたよりも柔らかくて、あったかくて…思い出すだけで胸の奥が疼いた。
抱き締められた感触が、ずっと私の身体から離れなかった。
それからまた、毎日のように佐伯先生と仕事帰りに会った。
ドライブをしたり、お茶をしたり、毎日すごく楽しくて仕方ないのに、何かが足りなかった。
佐伯先生は、どんなふうに私を抱いてくれるんだろう?
発情期でも来たみたいに、そんなことばかり考えていた。
今までこんなことを考えたことなんてなかったのに…
私は確実におかしくなってた
それなのに、佐伯先生は、相変わらず手をつなぐだけで満足してるみたい。
…私があのときキスしなかったのがいけないんだけど…
でも、そんなことを考えながらも、まだ、抱き締められるときは緊張してる自分がいて…
自分が自分でよくわからなくなっていた。
そんな状態のまま、2ヶ月近くが過ぎた。
―全校集会。
騒がしい生徒。
無関心な職員。
いつもの風景。
ぼんやりしてたら、迫力のある怒鳴り声が体育館に響いた。
佐伯先生の声だ。
生徒たちは静まり返って、誰一人喋らなくなった。
…佐伯先生の迫力にも驚いたけど、静かになった生徒にも驚いた。
「佐伯先生すごい」
「あんな静かな集会初めて」
「マイクも使わないですごい声量」
職員室に戻ると、やっぱり職員は盛り上がってた。
「俺声だけはでかいのでマイクいらないんです」
佐伯先生はにっこり笑って授業に向かった。
他の職員にしてみれば、頼もしいのかもしれないけど、私は正直怖くなった。
もし、二人でいるとき、あんな迫力で怒鳴られたりしたら、怖くて何も言えなくなる。
複雑だった。
「私は無理。あんなふうにガツンと言えない」
「今に言えるよーになるよ!とにかく経験だな」
佐伯先生は私の手を握った。
「…何事も経験しなきゃ…な」
指先が忙しなく動いて私の手のひらを撫でた。それから、また力強く握った。
「…今のは、何か…意味違うような」
「…ありゃ。そう感じた?」
「…はい」
「…週末、久しぶりに遠出しない?」
「…したい!」
「…泊まりでもいい?」
私は、少し考えてから頷いた。
「…はい。」
「…嬉しい。リオと丸2日間ずっと一緒にいられる」
佐伯先生は子供みたいにはしゃいでる。
…エッチするつもりだよね。
…私、わがままだ。
何もしてこないからってもどかしく思ってたのに…
お泊まりが決まったら、今度は不安になっちゃって…
佐伯先生は、キレイな人をたくさん知ってそう。
私みたいなの、幻滅されちゃうんじゃないだろーか。
…昔の、嫌な記憶が蘇る。
「…えっと…」
「無理にとは言わないけど…期待しちゃお」
佐伯先生はそう言って、私のほっぺたにキスをした。
恥ずかしくて、急に身体が熱くなった。
…実際こんな状態で、私はよく強引にエッチなことをしてほしいなんて、想像とはいえ考えれたもんだ…
「リオのほっぺた柔らかい。唇も楽しみにしてるね」
佐伯先生は、指導のプロだ。あんな荒れてた生徒を簡単にまとめた。
それでいて職員の評判も良くて…
でも、それは、生徒だけじゃなくて、私に対しても同じだったのかもしれない。
男慣れしてない私を信頼させるのなんて、生徒指導の何倍も簡単だっただろう。
優しく、あったかく包んで完全に自分を信頼させてから、どんどん自分の思うように動かしていく。
洗脳でもするみたいに。
「…私、佐伯先生が想像してるより、きっと、良くないから」
「…そんなことないって」
「…何でそんなこと言い切れるの?…私の身体見たこともないのに」
「…リオのことが大好きだから」
「…」
「それに、体型なんて服の上からだいたいわかるよ。リオはいい身体してる」
「…してないですよ」
「してるって。脚は長いし、お尻は締まってるし、おっぱいは大きいし」
「…どこ見てるんですか」
「…つい、見ちゃうんだよ」
「…えっち」
「…リオのこともえっちにしてあげる」
「…佐伯先生は、私とセックスしたいですか?」
「…したいよ。でも、リオが不安ならしなくていいよ。さっきも言ったけど、俺はリオとキスしたり触れ合ったりしたい…。」
「…」
「リオがにっこり笑って俺に抱きついてくれるようになったら最高だな…今は、俺が触っただけで身体かたくなるんだもんな…」
食事は想像してたより、遥かに豪華で、ビールで乾杯したあと食事を楽しみながら会話をした。
佐伯先生はさっきまでのエッチな感じはなくて、いつもの佐伯先生に戻ってた。
お酒を飲んでもそんなに変わらない。
たくさん飲んで、食べて…
お腹はもうパンパン。
食事を下げてもらった後は、洋間のソファに座って窓から夜景を眺めた。
最初は二人で笑ってたのに、佐伯先生はだんだん口数が少なくなった。
佐伯先生の腕が私の肩にまわされて、唇が重なった。
軽く重なっただけだけど、唇が離れて、私は思わず俯いた。
佐伯先生は、そんな私をギュッと抱きしめた。
「…リオの唇柔らかい」
「…そうですか?」
佐伯先生は、腕の力を緩めて、俯いたままの私の顎を持ち上げて、再び唇を重ねた。
注目の話題
おとなチャンネル 板一覧