裏顔
裏の顔と表の顔
どちらも自分に違いはない
市民プールみたいに広い事務所内。
いくつもの部署がデスクで島を作っている。
随分と向こうの先から山下美加が私を見つめている視線を感じる。彼女とは付き合い出して約3年になる。有名大学の大学院を卒業し、キャリアを積み重ね、今では会社の資金や運用の管理を任されているいわばエリート階級にいる。
私よりも立場は上で、最初は近寄りがたい存在に感じていた。
それが付き合い始めたのは、共通の趣味を理由に彼女から食事に誘われてから、話が合うと互いが感じ、それから以後、何度か食事に行く事を繰り返しているうちに、自然とそのような形になったから。
私は視線を落とし、美加の視線から逃れた。美加を見つめ返せない理由が幾つもあるからだ。
規程は週休2日だが休みを返上して会社へ行く事がたびたびある。
だが、体力的に苦しいので週に1日は必ず休みを取るように心掛けている。
慌ただしく動き回る平日に比べ、休日は壊れたロボットみたいに動けずに過ごす事が多い。
気が付いたら夕方になっていて、洗濯や掃除を終えたら陽が暮れているような1日。
そんな終わり方ではフラストレーションが軽減されない。
順当ならば美加と過ごすべきではあるが、身なりを整えて、電車に乗って、予約した店で食事やお酒を済ませて、ホテルへ行ってシャワーに前戯に挿入までをイメージすると正直、面倒に感じて気が重くなる。
そんな時はスマホを取りだし、出会い系サイトのアプリを開く。近場で好みのタイプの女を探し、約束を取り付ける。
私はいつからか、こうして簡単にフラストレーションを発散する方法を選択する事が当たり前のようになっていた。
この日、選んだのは30歳シングルマザーの瞳さん。待ち合わせは車で30分ほど走らせた田舎街にあるコンビニの駐車場となった。
約束の時間よりも少し早く着いた。万が一の場合には逃げる事も想定し、前向きに駐車する。
軽く車内の掃除をした。フリスクを錠剤みたいに口内へ放り込んだ。鼻孔から冷えた息が抜けていく。
そうこうしているうちに瞳さんらしき女性が前から歩いて来る。短めのスカートからは細くて長い脚、上は薄着で大きい胸が強調されている。
車種を伝えていたので迷わずにこちらへ向かって来て、助手席の方へ回り窓をノックした。
顔がコンビニの店内からの洩れた灯りで照らされた。目鼻立ちがはっきりとした美人だった。
私はロックを解除し、助手席の扉を開けた。
瞳さんが乗り込んだ瞬間に車内が女の香りで充満した。
少し素っ気ない態度ではあったが、人見知りが混じっているような気がして嫌な気にはならなかった。
先ほどまで道ですれ違っても他人のままだった助手席のこの美人が、車内で行為に至れる場所まで道案内をしている。
背徳と道徳を天秤に計りながらも、金の為に体を許す事を選択したこの悲しい現実を背負った女を抱くと思うと、脳内の興奮を制御するのが大変だった。
指定されたのは田んぼの畦道のような場所だった。蛙や虫の鳴き声が山に響いていた。とても綺麗な星空が広がっていた。
後部座席へ移動するべく、一旦、二人とも車を降りた。
土と草が混ざった田舎特有の匂いがとても強く感じた。
後部座席で座ったままズボンとパンツを脱いだ。瞳さんもパンツを脱いで上着のボタンとブラを外した。
膨らんだ私の性器を瞳さんは流れ作業みたいに口に含んだ。上唇と下唇で上手に輪を作り、頭を上下に動かし始めた。
瞳さんの胸に手を伸ばした。大きくて柔らかくて触り心地が良かった。
縁もゆかりもない女が私の性器を一生懸命に舐めている。本意ではないその行為は金の為以外他に何もない。
子供を独りで育てるのは大変なのだろう。別れた旦那は恐らくまともに養育費を送っても来ないのだろう。
パートでは1日中働いても稼げない金額が男に体を許せば手に入る。綺麗事で腹が膨らめば苦労はない。
不意に美加の事を思い出した。
何の苦労もなく令嬢育ちで大きくなり、与えられた教育と学歴で大きな会社に入り、金に困ることのない生活を送っている。
今ごろはあの都会のタワーマンションの上層階の部屋で優雅な時間を過ごしているのだろう。
私は瞳さんに挿入したいと伝えた。
瞳さんはコンドームを装着させ、正面座位の体位で挿入してくれた。
愛撫はしなかったが瞳さんの中は十分に湿っていた。擦り付けるように腰を前後に振りながら、荒い息遣いを繰り返していた。
私は我を忘れたみたいに弾力のある胸を揉んだ。瞳さんの愛液が溢れていた。
最後は両腕を瞳さんの腰に回し、腰を獣みたいに上へ突き上げて私は果てた。
美加はスローセックスを好み、獣や動物的になるようなこんなセックスを嫌う。
勿論、フェラなど論外で品のない事は一切、受け入れる事はない。
「抜いていい?」
瞳さんの一言で我に返った。
直ぐにいつもの虚しさが胸に込み上げてきた。
身なりを整え直した瞳さんへ希望より倍の額を手渡した。
驚きと遠慮が混ざり合った言葉が返ってきたが、私は一度財布から出した金は戻さないと決めている事を伝えると、嬉しさと好意が混ざり合った言葉に変わった。
自尊心を捨てた事への対価は、多ければ多い方が気持ちに整理がつくのはこの人だけではないと思う。
だからと言って別にこの人に対して同情をした訳ではい。ましてや喜ばせてあげたい気持ちになった訳でもない。
ただ単純に女としてのその体に対し、適正な価格で支払っただけだ。
運転席へ戻る為に後部座席から外に出た。
綺麗な星空を見上げたが、直ぐに視線を落とした。
純粋に光る星と美加が同じように見えたからだ。
最寄りの駅まで瞳さんを送る。
道中で身の上の話を聞かされた。
私が描いた妄想と想像にほぼ外れはなかった。女手ひとつでの子育ては実家に戻っているとはいえ順風ではないらしい。
別れた理由は元の旦那が女を作ったからとのこと。やはり養育費など送ってくる気配もないらしい。
金に困った際には親を騙し、子を騙し、何よりも自分の心を騙して体を売る。
今夜は予想以上に対価を得られたので子供のスニーカーを買ってあげられると嬉しそうに話していた。小さくなった上に汚れてしまっているとのことだ。
そんな話を聞いているうちに最寄り駅に着いた。この閑散とした田舎駅からどちらかの方向へ帰るのだろう。
世間体や近所や親御仲間の目を避ける為にこの地を指定したのは、ささやかで涙ぐましい母としての努力なのだろう。
瞳さんが車から降りようとする前に、連絡先を訊ねられたので、メールアドレスを伝えた。
ドアを開く際、財布から1万円を取り出し、瞳さんの右手に握らせた。
綺麗な顔は驚いた表情をしても崩れなかった。
私はスニーカーを買って貰えない少年だった。美加とは逆の生い立ちで育った。
私はこの人に対してではなく、この人の子に対して同情を抱いた。
考えようによっては無礼だとは分かっている。
だから、瞳さんの体がそれほど良かったからだと冴えない親父を装って金を納めさせた。
驚いた顔を引きずったまま瞳さんは車を降りた。
Uターンをしてから軽くクラクションを鳴らして私は車を走らせた。
スニーカーが欲しかった。でも、絶対にそんな事を言えなかった。
少年だった頃の気持ちが甦って、胸が苦しくなった。
アクセルを踏む力が自然と強くなっていた。
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