私ってなんだろう
モラハラ、男尊女卑の毒親
荒んだ生活
嘘などいろんな思いをなんとなくここに書きます。
最初に断っておきますが、私は超性格最悪です。
ドス黒いしかなりの愚か者です。
不快な表現や卑猥な言葉も出てくるかもしれません。
あと、精神的病があるので文章もよみずらく、更新も不定期です。
墓に持っていく前に誰かに聞いて欲しくて、、
スレたてました。
母親だけでは、育児ができず、ボケた婆ちゃんも妹の面倒を見るようになった。
色ボケしていて、アミタイツにフリフリのスカート真っ赤な口紅の異様な老婆が赤子の面倒、、
花柄やレースの服や下着を見ると誰のものでも構わず自分のタンスにしまい、家族の誰かの物だった花柄のパンツを履いた婆ちゃん
あの頃は介護用リハビリパンツなんてなかったから家の中でも外出先でもどこでも漏らした。
漏らした後の始末は母親がやることになった。
ボケて金持って無いのにパーマを書けてきたり道が分からなくなって警察の世話になったり
近所の家で漏らした時もあって文句を言われた。
そんな婆ちゃんに頼らなきゃならないほど家の中はめちゃくちゃだった。
ゴタゴタの中、私は小学生に上がった。
けれど、放置には変わりなく、私は宿題を一切やらなかった。
母親は私の連絡帳にも全く興味がなく、保護者印が押して無いとよく注意された
宿題をやらない理由を調子が悪かったと毎回嘘をついた。
時間割りも全くやらなかったので、ランドセル、机の中はめちゃめちゃ、ぐちゃぐちゃ、
教科書の忘れ物が半端なくしょっちゅうゲンコツをもらった。
担任から私の忘れ物が半端なく多いと母親に話しがいったようだが、私への興味の無さは変わらなかった。
姉がいい成績をとっていれば良いのだ。
まゆみ(姉)は、まゆみは、
と姉のことばかり母親も親父も気にして私には何の興味もない。
いつしか、用事があるときは姉の名前だけ呼ばれて、私は一切呼ばれなくなった。
この頃、ふと、何か思いついたように性器いじりが始まった。
何となくクリトリスを触ったら、あ。。気持ちいい。。と思いしょっちゅう性器を触っていた。
いけないことだと思わなかったので、いつものように性器を触っていたら母親に見つかり怒鳴られた。
なぜ、自慰をしてはいけないのか理解できなかったのでしょっちゅう性器を触り怒鳴られた
なので、見つからないように布団の中に隠れてするようになった。
このころ、夢遊病もひどく、朝起きたら全裸で寝ていたこともあった。
後で脱いだパジャマを探したが、どこを探しても見つからなかった。
寝ていた部屋は2階だったが、階段を登ったり降りたりを繰り返したりもしたらしい。
記憶は無いのに階段を踏み外さないのが不思議だ。
小学4年生の時
朝から親父と祖父が怒鳴りあいの喧嘩をしていた。
だいぶ長い間怒鳴りあっていた。
急に祖父が横になった。
そうかと思ったら、いきなり、生イビキをかき始めた。
頭の血管がキレたのだ。
急いで救急車を呼んだ。
怒鳴りあっていたことを説明するのかと思ったら
レスキュー隊員に、
祖父が突然倒れた。と平気で嘘をついた。
母親もなぜこんなクズ親父をかばう?
なぜ、本当の事を言わない??
嘘をついて、その番納めた親父と母親。。
卑怯じゃないのか?幼心にすごく疑問を抱いた。
とにかく、祖父は目の前で死んでしまったのだ。
死人に口無しとはこの事で、その後駆けつけた親族にも、祖父は朝起きていきなり倒れたと話していた。
母親が孕んでどんどん腹が大きくなって行くが、親父は一切家事育児を手伝わないどころか、
親はお前がいなければもっと長生きできた。と相変わらずしつこく母親のせいにしていた。
母親が臨月に入ったある夜、いつもの様に喧嘩が始まりなかなかおさまらなかった。
それどころか、親父は母親を外へ引きずりだし往復ビンタをし始めた。
子どもながらに何とかしなきゃっと思ってとっ差にティッシュの箱を投げ親父の顔に当たった。
ギロっと私を睨んだ。
顔に傷ができたと言われた。
笑える。ティッシュの箱でどうしたら傷が出来るん?
自分がDV人間だということを自覚せず、ちゃんとした理由があるからやっていると言い訳し、
自分がヤられたら大騒ぎ。
親に物を投げるなんて、俺は一生忘れないからな!と捨てゼリフを吐いた。
いつしか、こんなクズ親父早く死ねばいいのにと思うようになった。
この頃から異性への意識も強くなり、
クラスメイトの男子Aと性の関係を持つようになった。
Aは女好きで可愛いこを見つけては声をかけていたし、彼女もいた。
私にも好きな人はいたが、Aと性的関係になった。
学校のトイレでキスをしたり、胸を触られたり、Aのアレを舐めた。
Aからしてみれば、私はただのセフレで自分の性欲を満たしたいだけの道具だった。
誰にも言うなよ!と言われたが、私は口が軽いのでキスしたことやフェ○したことをペラペラしゃべった。
私はモテている、私に魅力があるからだと勘違いしていた。
かなり痛いが当時はそう思って騙されていることに気づかなかった。
私がしゃべった事はすぐ噂になり、Aの彼女の耳にも入り、私の悪口を女子連中がいい始めたが、
私に魅力があるんだからしょうがないじゃん、バーカ、何が悪いの?と開き直った。
次第にヤりマンと噂されるようになった。
悪友と付き合っているのは親も知っていて、
さんざん付き合うな!と言われたが付き合いをやめず、親父から何度も殴られた。
お前の教育が悪いからだ!と親父は母親に怒鳴った。
こんな時だけ親のふりするんじゃねーよ
いつもは放置のくせに。
ある日、家の金がなくなり、真っ先に私が疑われた
なんのことかわからない。と答え学校へ行っている間、母親が私の机の中を漁った。
絶対に私が盗んだはずだと決めつけたのだ。
机の中に入れておいた悪友へ宛てた手紙を母親が読んでしまった。
Aとの性的関係や万引きのことなど書いてあった。
私が学校から帰るなり母親が血相変えて詰め寄った。
そして手紙を母親は親父に見せた。
憤慨した親父に散々殴られた。
顔面を繰り返し殴られた。
出てけ!と言われ外へ放り出された。
何が起きたのか頭の中で理解できなかった。
とにかくバレてしまったことにはかわりない。
親父は私を殴った後、仕事に出かけていった。
どうしたらよいのかわからなかった。
学校へは、勉強でなく遊びに行っていた。
勉強にはついていけなくなっていたが、学校は嫌いではなかった。
受験生になり、私よりも親の方が必死だった。
模擬テストの結果が悪いと、
良い学校行けないなら行かなくていいと言われた。
親は、私を○○第一高校に入れようと必死だった。
○○第一高校くらい入れなきゃみっともない。と自分たちの見栄のためだ。
姉が私立へ行ったから、私は県立しか金が出せないと言われていた。
個人面談では○○第一高校は内申点が足りない、
無理に近いと担任から言われていた。
私は別に○○第一高校が無理なら、違う⬜宮高校でもいいと思っていた。
県立ならどこでもいいと思っているのは私だけだった。
個人面談で母親は担任に何とかして○○第一高校に入学させたいと言ったが担任は難色を示していた。
⬜宮高校に行きたいと行ったら母親は金切り声でヒステリックに私をどなり、
○○第一くらい行けなくてどうするんだ!!と怒鳴りつけた。
親の言う事はCOACHのバッグじゃなくてCHANELのバッグが欲しいとブランドを欲しがってるのになんら変わりないと思うが、
結局私は⬜宮高校を受けさせてもらえず,
無理やり○○第一高校を受験させられ、
結果、不合格。
あーあ、しょうがないか。と思ったのは私だけで、親父はショックで寝込んだ。
所詮、子どもは自分等をよく見せるための道具だから欲しいブランドが手に入らなくておもしろくないんだろう。
結局、私は私立の滑り止めに行くことになった。
バカな学校と言われ、高校受験に失敗したことを攻められて、摂食障害になった。
食べては吐くを繰り返した。
学校でもやった
家では一切喋らない私を母親が私の頭は可笑しい、オカシイといっていた
苦しくて保健の先生に相談したが、親に話すと言われたので、それだけはやめてください!と御願いした。
あんな親に話したところで、また頭がオカシイと言われるだけだし私の苦しみはわからないだろう。
高校の3年間バカバカ言われたが、
今は、私の行きたかった⬜宮高校が甲子園出場し、競争率が上がり、学校のレベルもかなり上がったらしい。、一方で○○第一高校は今では誰でも行ける学校になっているそうだ。
あんなにバカバカ言われて精神を病んだのは何だったんだろう?
本当にバカを見ただけだった。
肥後は自意識過剰ナルシストだった。
自分の高い身長は女にモテる要素だと思ってるらしく
今の体操の部活は背が高いと不利なんだと会うたび言ってきた。
学校が私立で修学旅行がハワイだったことも毎回聞かされた。
はっきり言ってどうでもいい。
お試しで付き合ってるだけなんだから。
肥後が一方的に私に惚れ、1時間かけて電車に乗り平日なのに勝手に駅で待ち伏せしてるのがウザキモだった。
げっ、いるよ。。汗
うわー、、と思いながらテンション下がりまくりの私に気ずかず会えた喜びに舞い上がる肥後
5分だけでもいいから会いたいと言うから仕方なく付き合ったのに、5分たっても帰らず2時間くらい肥後に付き合わなきゃならなかった。
好きじゃないから
メッセージの内容もオハヨウとタダイマくらいしか送らなかった。
肥後はハートマークが送られて来ないことに不満と不安を感じたようだ。
私からは4~5日メッセージを放置したこともあった。
由里子からベル来ない、サミシイと共通の友達にメッセージを送り、友達からメッセージ送りなよと言われた
肥後のそういう周りを巻き混み、女々しいところがうざかった
進路を決める話になり
姉は下宿させ私立の四大に行かせているけど、
私は就職だと決められていた。
学校に求人の案内が多数来たことを親父に話したら
どうでもいい。と言われた。
私の将来なんかどうでもいいんだったら自分で決めようと思って美容師の見習いの仕事を選んだ。
明日、職場体験だという時に、親父がこの事を知り大激怒した。
ふざけるな!お前が美容師なんかになれるか!
お前は人の下で働くようにもうできてるんだよ!
第一、お前の学校は社会に相手にされる学校じゃねぇだろうが!!
親父は怒鳴った。
私は高校受験に失敗し、偏差値の低い学校に行ったことで親からしたら負け組なのだった。
私の就職なんかどうでもいいんじゃなかったのかよ。
これからは看護師の時代が来るから看護師になれと強引に言われた。
看護師なんて絶対なりたくない仕事だったから人生終わったと思った
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