子供の頃の話

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2022/02/18 06:09(更新日時)


「バイブ届きました」の主・高木亜紀の子供の頃の話を書いていきたいと思います。




※いじめ、犯罪行為、精神疾患、性的なシーン等ありますので苦手と思われる方にはスルー推奨させて頂きます。



※日記「バイブ届きました」の内容と重複するレスがありますのでご注意下さい。



18/04/04 01:58 追記
※人物名、地名、建物名等を除いてほぼノンフィクションです。


No.2623861 (スレ作成日時)

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No.101



「ちょ、ちょっと、なんで渡瀬くんがバイキンなの?」

渡瀬くんの机回りに集まっている男子達につい聞いてしまった。

すると男子の一人が

「だってこいつかみの毛変だし、顔とか体の色、黒いじゃん。びょーきなんだぜー?気持ちわりーじゃん!」

よくよく渡瀬くんをみると確かに肌が浅黒い。

ただ言われないと気付かなかった程度の肌の色だったし、別に変だとは感じない。

「??かみ、カッコいいじゃん?それに日に焼けてるだけじゃないの?」

「えー!?どこがカッコいいんだよー!!気持ちわりぃし変だろー!」

他の男子も言い始める。

「こいつ、ぜったいびょーきなんだぜ!高木、さわるとうつるぞ!」

「うでとかさわったらバイキンつくぜ~!!」

意味が分からない。

大体触ると移る様な病気なら学校になんて来れないはずだ。

「ハァ?んな、うつるわけないじゃん。ほら」

渡瀬くんの腕に触った。

「げぇ!!高木さわった!!バイキンうつったー!!」

男子達が顔をしかめて机から離れる。

(……こいつら、六年生になってもこんなんやってんのか。バカか……)

「別にさわったってなんもないって。あんたらなんなん!?」

そう言ったが男子達はまだバイキンだなんだと騒いでいる。




「……高木、さわんないでくんない?」

渡瀬くんが迷惑そうに私に言った。

「あ、ごめん、だって」

「いいからさわんなよ!!」

渡瀬くんの声はイライラしている感じだった。

No.102



「ごめん……」

渡瀬くんが何故怒ったのか、私は単純に『馴れ馴れしく触ったから』だと思った。

けれどそれだけではないのに気付いたのは暫く経ってからだった。



渡瀬くんの隣の席になってから、渡瀬くんが大分前から悪口や嫌がらせを受けていたのが何となく分かってきた。

席替えの後、授業が始まっても渡瀬くんは教科書もノートも、筆記用具すらも机から出さない。

渡瀬くんは下を向いたままだ。

「??渡瀬…くん、じゅぎょうはじまってるよ?」

「…………」

「?教科書とか忘れたん?いっしょに見る?」

「…………うるせー」

「???」

「…………」

(なんだ??)


「こら!渡瀬!教科書とかノート出せ!」

先生が黒板前から大きな声で渡瀬くんを叱ると、クラスの数人がクスクスと笑うのが聞こえた。

渋々といった感じで机の中から渡瀬くんが取り出した教科書は、まだ六年生になって半年程度だというのに既にボロボロだった。

どうやら水に一度濡れて乾かした様な教科書を見て、(雨でぬれちゃったのかな?)と思ったが違ったみたいだ。

渡瀬くんが教科書を出したのを見た先生は、また普通(?)に授業に戻った。



渡瀬くんは机に置いた教科書をじっと見たままやっぱり動かない。

なんだか気持ちがざわついた。

(……なんだこれ……、なんなんだ………)

No.103



一週間程、私は『バイキン2号』と呼ばれクラスの子達から避けられた。

どう考えても馬鹿バカしくて「くだらねーことやってんじゃねーよ!」と言い続けていたら、いつの間にか誰も私には何も言わなくなった。

けれど渡瀬くんは相変わらず「バイキン」「気持ち悪い」と言われ続けていて、それでも渡瀬くんはいつもと同じく黙って下を向いていた。

そんな渡瀬くんの背中をポンポン、と叩いて「気にすんな」と言った事もある。



遥奈ちゃんの時も。ひとみちゃんの時も。

こんな事をされる子達はいつも一人で黙って下を向いている。

酷い事を言ったりしたりする奴等はいつも数人がかりだ。

(どうして何人もいっしょになってこんなことするんだろ?)

さっぱり分からないまま一ヶ月二ヶ月と過ぎて行った。



渡瀬くんが少しだけれど私と話す様になってきた。

会話の内容は大したものでは無かったが、朝、「おはよー」と声を掛ければ「おー」と答えてくれる。

顔にバンソウコウが貼られているのを見て、「どしたん?」と聞けば「ころんだ」と返事をしてくれた。

私が教科書を忘れて渡瀬くんが見せてくれた日もあった。

「渡瀬」「高木」とお互い呼び捨てで呼ぶ様になり、時折渡瀬くんは笑う様にもなった。

「あんた笑ってたほーがいいよ」

と言ったら渡瀬くんはちょっと恥ずかしそうにしていた。

No.104



そんな風に私と(少しだけれど)話して笑う様になっても、他の子達からの渡瀬くんへのいじめは変わらず続いていた。

毎朝、悪口の書かれた黒板を渡瀬くんは必死な顔で消していた。

机にチョークで落書きをされて、眉間にシワを寄せながら雑巾でそれを消すのも毎日だった。

「もうほっとけば?」と渡瀬くんに言ったが、渡瀬くんはいつも何も言わずに下を向く。

悪いのはいじめられている子じゃない。

いじめる方がどうしたって悪い。

先生に黒板や机の落書きを見せればすぐに解決するんじゃないのか。

そう話した事もあったが、渡瀬くんは黙ってしまう。

私はいじめをしている奴等も渡瀬くんの気持ちもさっぱり分からなかった。

No.105



いつもいつもいじめをしている奴等は笑っていた。

(なにが楽しいんだろ??)

分からない。

考えてもちっとも分からないので、クラスで一番頭が良い金屋(かなや)くんに聞いてみようと思った。



「かなやん、ちょっといい?」

「何?」

金屋くんの隣の席に座る。

「あのさぁ、渡瀬、いじめられてるじゃん。あれ、かなやんどー思う?」

「あぁ……うん」

「なんかさ、しゅうだんでやってるけどさ、言いたいこととかあんなら一人でいいじゃん?なのにみんなで渡瀬一人に色々してさ、楽しいんかね?」

「俺も分かんない」

「やっぱり!?かなやんもわかんないかぁ。あいつら馬鹿みたいだよね」

「うん、俺、あいつらヒキョウだと思う。馬鹿だよな」

それを聞いてホッとした。

「よかったぁ。かなやんはやっぱちがうわー!話してよかった、ありがとー♪」

そう言って自分の席に戻った。


(やっぱりまちがってなかった。あいつら、おかしいんだ)

奴等が笑っている理由は分からないままだったが、クラスに渡瀬くんをいじめない子がいるのを確認出来たのは嬉しかった。

(やっぱ頭いい人はちがうなぁ)

そう思った翌日。

No.106



2時間目か3時間目後の休み時間だったと思う。

教室、一番後ろの自分の席で本を読んでいたら黒板前が騒がしいのに気付いた。

数人の男子が渡瀬くんを相手に何やら言っている。

その中には金屋くんもいた。

なんとなく見ていたら男子達が渡瀬くんの胸元をどつき始めた。

(なにやってんだ?ケンカか?)

何度も何度も渡瀬くんは肩や胸元を突かれてよろける。

渡瀬くんがやり返す感じは無い。

その内に男子の一人が笑いながら「ほら、かなやんもやりなよ!」と、それまで側で見ていただけだったらしい金屋くんに言う。

金屋くんが渡瀬くんを突き飛ばす。

(………かなやん……なんで………)

金屋くんと目が合った。

「!!」

金屋くんは(見られた!)と言った感じの顔をしていた。

暫く目が合ったままだったが、金屋くんが下を向く。

(かなやん………)

No.107



(かなやん………)

金屋くんの気持ちが全く分からない訳でも無かった。

渡瀬くんを庇えば次は自分もターゲットにされる。

無視や悪口は誰だってされたくはないし嫌なものだろう。

エスカレートすれば何をされるかも分からない。

(……しかたない……のかな……)

金屋くんを責めたりするのはなんだか違う気がした。

ただ、どうしても理解出来ない事はまだあった。

(集団でいじめるのは楽しいのかな?)

それだけはどう考えても分からない。

私は最悪な行動に出た。

No.108



お昼とお昼休みを挟んだ5時間目は算数の授業だった。

先生が急に小テストをすると言って、クラスのあちこちからブーイングが起こった。

小テストの時だけ男女別、出席番号順に席を移動する事になっていて、私はクラスの真ん中辺りの席に着いていた。

渡瀬くんの席は廊下側の後ろの方だったとしか覚えていない。



小テストの間、ずっと私の心臓はバクバクして治まらなかった。

これからしようとしている事が良い事か悪い事かどうか分かっていた。

ただ、私がしようとしている事を実行する機会があるとすれば、この小テストの後しか無いだろうとも思っていた。



小テストは15分間だった。

「そこまでー!」と先生の声が教室に響く。

周りはテストが終わって騒がしかったはずなのに、私の耳には何も聞こえなかった。

テスト後の用紙は、出席番号最後の女子から順に先生のいる黒板前に持って行くのが決まりだった。

後ろの席から女子達がぞろぞろと、テスト用紙を手に教卓に向かう。

「…………ぎ、高木!!」

名字を数回呼ばれてハッとした。

No.109



「高木!テスト用紙持ってこい!」

いつの間にか私の番まで女子達はとっくに用紙を出していた。

先生に言われて慌てて席を立つ。

教卓に向かう足が震えているのが自分でも分かった。

テスト用紙を先生に手渡した時に何か言われた気がしたがよく聞こえなかった。

席に戻って手を見るとやっぱり少し震えていた。

暫くして「次!男子後ろから持ってこーい!」と言う先生の声で体が固まった。

真ん中の、席と席の間を通って教卓に向かう決まりだったので、必ず皆私の横を通る。

(………………や、るの……?……ほんとに……?)




渡瀬くんの姿がちらりと視界に入った瞬間、私は右足を素早く渡瀬くんの足元に出した。

No.110



ズダン!!

派手な音を立てて渡瀬くんが床に這いつくばった。



教室がしん、と静まり返る。



………………………。




どっ!!と歓声が上がった。

「ぎゃははは!!渡瀬ころんだー!!」

「いいぞ!!高木!!」

教室中が拍手やら爆笑やらに包まれる。

さっきまで早鐘を打つ様に煩かった私の心臓は、まるで血が抜けてしまったのではと思うほど冷たく静かだった。



渡瀬くんは何が起こったのか分からないと言った感じでまだ床に倒れたままだ。


「あ、渡瀬!ごめん!だいじょぶ?」


渡瀬くんがゆっくりと顔だけ上げて私を見る。

「ごめーん!ごめんね!ほんとごめん!」


顔の前で両手を合わせて謝りながら渡瀬くんを見下ろす私の表情はとても冷たかったと思う。



私は全く笑っていなかった。

頭の中で

(なんだ、ぜんぜん楽しくないじゃん)

と思っていた。

No.111



暫く渡瀬くんと目を合わせていたが、無表情のまま私は目線を反らした。

まだ教室は笑い声で満ちている。

「渡瀬っ!!大丈夫か!?」

先生が教卓前から渡瀬くんに声を掛けた。

けれど倒れたままの渡瀬くんに駆け寄る様子はない。

渡瀬くんがゆっくりと立ち上がる。

「渡瀬っ!怪我してないかっ!?歩けるか!?」

先生の声掛けに渡瀬くんが小さく頷くのが見えた。



頬づえをついて渡瀬くんがいる方とは逆側を向きながら私は待っていた。

(……はやく……こい……ぜんぶ言ってやる……!)

(先生、怒れ……はやく………!)

No.112



(ぜんぶ言ってやる……!今のことも、今まで渡瀬がどんなこと言われたかも、されてきたかも………ぜんぶ……!)




「……大丈夫そうだな…。じゃあテスト用紙また持ってこーい!」

(!?!?)

渡瀬くんが教卓に向かう。それに続いて残りの男子達もぞろぞろと用紙を先生の所へ持って行った。


(…………なんで………先生、なんで怒んないの……)

頭の中が真っ白になった。



その後はいつも通りの授業だったが、その間、私は頭から足まで汗でびっしょりと濡れていた。

(ひどいことしちゃった………どうしよう……どうしよう………)

授業の内容など全く頭に入って来なかった。

ただずっと

(……どうしよう……渡瀬にあやまらなきゃ………)

それだけを考えていた。

No.113



授業が終わって皆、元の自分の席に戻った。

私も渡瀬くんの隣の自分の席に着く。

渡瀬くんは下を向いていて私を見ようとしない。

「………あ、の、渡瀬………」

「…………………」

渡瀬くんは下を向いたまま答えない。

(なんて……言えば………)

「……あ………あの、さ、渡瀬……さっき、ご、めん……」

「…………………」

「………ほんと、ごめん………」

「…………うん………」


何を言ってもきっと言い訳にしかならないと思い、ごめんとしか言えなかった。

それから後、渡瀬くんと前の様に話す事はなくなった。

No.114



渡瀬くんと話さなくなったまま11月。

小学校最後の年だからとの事で、クラスの思い出作りの為という名目でまた席替えがあった。

六年生になってから4度目の席替えだ。

正直、席替えは有りがたかった。

渡瀬くんの隣の席でいるのが辛かった。

渡瀬くんに話しかけるのもかけられるのも無くなって、居心地悪さを感じていた。

それは渡瀬くんも多分同じだったと思う。



席替えはくじ引きでが通例だった。

私の新しい席は席替え前の位置から斜めひとつ前になった。

渡瀬くんの席は偶然なのか分からないがまた教室一番後ろの廊下側、全く前と同じ席だ。


クラスの皆がそれぞれ机を移動して席替えの時間が終わり、休み時間になった。

新しい席で何となくぼーっとしていたら、なんだか私の後ろが騒がしい。

ちらりと後ろを見ると女子が三人、何かを話している。

(??)と思い、聞き耳を立てた。

No.115



「かわいそー!ほんとかわいそー!」

女子の内のひとりが「かわいそー」と繰り返している。

「サイアクだよねー!かわいそー!」

三人の女子のもうひとりは

「元気出して……」

と残った下を向いている子の肩を叩いていた。

(かわいそうってどしたんだ??)

かわいそーかわいそーと言っている子達の声は結構大きくて、私の耳に全て入って来る。

「渡瀬のとなりとかかわいそー!」

「……だれか席かわってくれたらいいのにね……」

「…………………うっ……」

その内に渡瀬くんの隣の席になったらしい子が泣き出した様だ。

「あー!泣いちゃった!ほんっとかわいそー!」

(……………だったらオマエが席かわってやりゃいいだろ………)

そう考えたけれど

(………私にはなんも言うケンリない………)

私もこの子達と変わらないと思った。

渡瀬くんを転ばせてからそれなりに時間は経っていたけれど、罪悪感は消えていなかった。

「かわいそー!泣いちゃったじゃん!」

「………うっ………うぅ………」

嗚咽を漏らしながら泣いている子に

(……泣くなよそんなことで……)

と思っていたら

「あー、渡瀬しねばいいのに!!」

それを聞いて私はイスから立ち上がった。

No.116



「席かわって」

「!?」

三人の女子達が驚いた顔で私を見る。

「ほら、はやく机どかしてかわって」

机を持ち上げて私が言うと

「良かったじゃん!かわってもらいなよ!」

「……でも……」

「かってに席かえていいの?」

とかゴチャゴチャ言っている。

「いいから早くかわって。私、目ぇいいから一番後ろでいいんだよ」

「………でも……」「かわってもらいなって!」「先生に言わなくていいの?」

イライラした。

言える立場とかどうとか吹っ飛んで大声で言ってしまった。

「あのさあ!!泣きたいのは渡瀬のほうじゃないの!?」


それまで自分の席で下を向いていた渡瀬くんが机に突っ伏した。

「早くかわってって!!」

無理やり渡瀬くんの隣に机を移動してイスに座った。

三人の子達はそれ以上何も言わなかった。

机に突っ伏したままの渡瀬くんに

「またヨロシク」

と声を掛けた。

渡瀬くんの肩は小さく震えていた。



休み時間が終わって教室に入って来た先生はこちらをチラッと見たが、何か言う訳でも無く授業を始めた。

(……どいつも……こいつも……なんなんだよ……)

No.117



また渡瀬くんの隣の席に代わったが、やはり話す事も無くそのまま12月になった。

もうすぐ冬休みになるという頃、クラス対抗のサッカー大会が開かれた。

それぞれのクラスで男子と女子で別れて、一位になったグループは他校との交流戦に進む事になっていた。


サッカー大会当日、私のクラスの女子達が集まって、その中からゴールキーパーを決めるのに少し揉めた。

クラスでリーダー格の小田原(おだわら)さんが

「だれかキーパーやりたい人いる?」

と言ったが、誰も立候補せず皆黙っている。

「だれかいないの?だれかがやんないとダメなんだよ?もうすぐ試合はじまっちゃうよ?」

小田原さんはそう言って「○ちゃんは?」「△ちゃんやらない?」と声を掛けるが、誰もが下を向いて答えない。

段々と小田原さんの声が苛ついて来たのが分かった。

「ねぇ!だれかキーパーやる人いないの!?なんでだれもやるって人いないの!?」

「……あの、おださん……」

つい口を出してしまった。

No.118



「……あの、おださん……」

「えっ!アッキー、キーパーやってくれるの!?」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「えっ?なに?」

「あのさ、おださんキーパーやれば?」

小田原さんはまさか自分が言われると思っていなかった様でびっくりしていたが

「……あ……私は…キーパーとか出来ないから……」

と言って皆と同じく下を向いてしまった。

「?出来ないってなんで?」

「……私にはむりだよ、キーパーとか……」

「??うーん……そっかぁ」

(良く分からないな)と思ったが無理なら仕方ないか、とそれ以上言わないでいたが、やはり誰もキーパーをやりたがる子はいない。

数分の沈黙の後、また小田原さんが言い始める。

「……ねぇ……だれかキーパーやんないの?ゴール前で立ってるだけでいいからさ、だれでもいいんだよ?」

誰も答えない。

「なんにもしなくていいよ、立ってるだけでいいんだから!」

(も一回言おうかな……立ってるだけでいいなら、おださんやればいいのに……)

そう思ったけれど面倒に感じて手を挙げた。

「おださん、立ってるだけでいいん?なら私やるわ」

小田原さんの顔がパッと明るくなった。

「アッキー!ほんと!?」

「立ってるだけでいいんしょ?そんならいいよ」

「うん!うん!なんにもしなくていいよ!やった!アッキーありがとー!!」

そう言って私の手を取ると、ぴょんぴょんと跳ねて小田原さんは喜ぶ。

「勝とうね!みんながんばろうね!」

小田原さんのその言葉に何かおかしい気がしたけれど黙っていた。

No.119



試合が始まった。

小田原さんに言われた通り私はゴール前で何もせず、ボーッと突っ立っていた。

他のクラスの女子がゴール前までボールを蹴りながら近付いて来たが、動かないでいたらシュートを決められた。

(なんもしなくていいんだよな)

別に勝とうが負けようがどうでも良かった。

またシュートを決められ二点目が取られた。

本当に私は一歩も動かずにいた。

……ら、小田原さんが私の所へ駆けて来て叫んだ。

「アッキー!なんでシュート止めないの!!何やってんの!!」

「は?……いや、だって立ってるだけでいいって……」

「そんなわけないでしょ!!ちゃんとキーパーやってよ!!」

怒られてしまった。

No.120



(んーと……こまったな………)

どうしたものかと考えていたら、またゴール近くまでボールが近付いて来た。

小田原さんが

「アッキー!!止めてー!!」

と叫ぶのが聞こえたので、取りあえず動いたがまた点を取られた。

結局、追加で二点更に取られて試合が終わった。

試合終了後、小田原さんが凄い勢いで私に向かって来た。

「アッキー!!何やってんの!?負けちゃったじゃん!!なんで動かないの!?!?」

「……え……いや、だっておださん、動かなくていいって……」

「何言ってんの!?キーパーが動かないでどーすんの!?」

怒り続ける小田原さんを数人のクラスの女子が止めてくれた。

(なんなん………なんで怒られなきゃいけないん……)

怒られて兎に角困っていたら誰かに

「アッキー悪くないよ!気にしない、気にしない!」

と声を掛けられた。

(イミわからない……)

No.121



冬休み中はファミコンばかりしていたと思う。

そろばん塾には冬休みに入る前からほとんど行かなくなっていた。

年が明けてから塾の先生から電話が掛かって来て「シンシュンシュザンなんとか大会」という大会に呼ばれた。

大会には大人から子供まで100人近くが参加していたが、私はちっともやる気が起きなかった。

帰り道、塾の先生にラーメンを奢って貰った。

行きたくもなかった大会に無理やり出されてムカついたので、値段の高いチャーシューメンを頼んだ。

食べながら先生に「まだそろばんを続ける気はあるのか」とか「授業料を下げるからもう少し頑張らないか」とか言われた。

チャーシューを頬ばりながら「はぁ」「うーん」とか適当に答えた。

頭の中では

(ここのチャーシューおいしいな)

位しか考えていなかった。

お会計の後、先生は少しがっかりした様子だったが私はさっさと家に帰った。

三学期が始まった。

No.122



三学期に入って持田(もちだ)さんという女子と話す様になった。

テレビで見て好きになった「バービーボーイズ」と言うバンドを持田さんも知っていたからだ。

「コンタさんカッコいいよねー!!」

と、私にしては珍しく女子っぽい話を持田さんと沢山した。

持田さんを「もっさん、もっさん」と呼んでは、休み時間にバービーボーイズの話ばかりしていた。

持田さんはちょっとませていてお洒落な、目立つ子だった。

さすがに放課後や休みの日に一緒に遊んだりはしなかったが、テレビにバービーボーイズが出た翌日は二人で騒いでいた。


渡瀬くんといえば変わらずいじめを受けていた。

ただ、渡瀬くんの隣の席で私がいじめをする子達を睨んでいたので、見ている限り余り酷い事はされていなかった様だ。


ひとみちゃんはまだ「白ブタ」と呼ばれていたが、二学期の終わり近くに来た転入生の鹿野(かの)さんという女子と仲良くなっていた。


三学期に入って、中学受験をする子が何人かいるとの情報が私の耳にも入って来るようになった。

(はなれちゃう子もいるんだなぁ)

そんな風にちょっとさみしく感じたりしていた。


2月に入る直前、小学校最後の席替えがあった。

No.123



帰りの会で先生が「明日六年生最後の席替えするぞー!」と皆に伝えた。

「やったー!」と喜ぶ子もいれば「えー!」と不満そうな声を上げる子もいた。

「またくじ引きだからなー」

と言って先生は教室から出ていった。


その日の放課後、たまたま私はクラスの二人の女子と雑談をしていて教室に残っていた。

男子はとっくに帰ったのに、何故か女子が十人ほど黒板前に集まって教卓を囲んでいる。

私は雑談に夢中になっていて、教卓周りの女子達が何を話しているのか全然分からなかった。


突然、「ぎゃははは!」と集まっていた女子達が大声を上げたのでびっくりして顔を向けた。

「それいいー!!」とか何とか言ってやたら騒いでいる。

(??)

女子達の中心になって話していたらしい持田さんが

「ねぇっ!アッキーたちもこっち来てよ!いいこと考えたのー!」

と、教室の後ろの方にいる私達に声を掛けてきた。

何となくめんどくさくて「どしたのー?なにー?」とその場から動かずに聞くと

「うん、あのねー!」

と持田さんが話始めた。

No.124



持田さんが考えた「いいこと」。

それは席替えでいつもくじに使う、一人ひとりの名前が書かれた小さめのマグネットのシート裏に印を付けるという事らしかった。

「それでねー、バイキンと白ブタのにシルシつけてー、となりどうしの席にさせちゃおうって♪」

また女子達が笑った。

持田さんは続ける。

「みんなでさ、これでアナあけてシルシ付けようって言ってたのー」

持田さんの手にはコンパスが握られていた。

くじ引きはいつも先生では無く生徒が引く決まりだった。

だから持田さんが考えた「いいこと」は実現可能だ。

「ねっ?アッキーたちも来てー!いっしょにこれでシルシ付けよー♪」

No.125



私と雑談していた二人が(どうする?)といった感じで顔を見合せる。

「ねー?早く来てー。アイツらまとめちゃえばさー、みんなメイワクじゃなくなるでしょー?」

「あー、私らはいいやぁ。めんどくさい~。もっさんたちだけでやって~」

側の二人の意見は聞かずに私は持田さんに答えた。

「えー!?なんでー!?アッキーたちもいっしょにやろうよー!」

「めんどくさいからいいって~。止めとく~。好きにやってて~」

「………んー、そっか、まぁいっかぁ」

持田さんは私達を誘うのを諦めて、また教卓の方を向いた。


「じゃあだれからやるー?」

既に教卓の上にはひとみちゃんと渡瀬くんのマグネットシートが用意されていたみたいだ。

女子達が「えぃっ」とか「しねっ」とか言いながら、コンパスを降り下ろしているのがちらりと見えた。



「………アッキー………」

私と雑談していた葉子ちゃんと真紀子(まきこ)ちゃんが神妙な顔持ちで小声で言う。

「………いいの、かな、私たち………」

「…やめとけ」と、もっと小さな声で二人に言った。

「……だって……」

「いいから」

「………アッキー……?」

No.126



持田さん達が帰っていったのを見届けてから、ふで箱からコンパスを取り出し黒板に向かった。

黒板に元通り貼り付けられた、ひとみちゃんと渡瀬くんのシートを剥がして裏側を見る。

「うっわ、ほんとにあな開いてるよ……!もっさんたち、またすっごいこと考えんなー!」

一緒に黒板前まで着いて来た葉子ちゃんと真紀子ちゃんが

「アッキー、どうするの?」

「……何か考えてるの?」

と言う。

「んー……。つーかさ、ふたりとも帰ってもいーよ」

「えっ?」と、葉子ちゃんと真紀子ちゃん。

「まーべつにいてもいいんだけどね」

そう言いながら黒板からまた一枚、「高木」と書かれたシートを剥がす。

「アッキー!?何する気!?」

自分の名前の書かれたシートを裏返して教卓の上に置いた。

「………えっとー、よーこちゃんもまきりんもなんだけどさー。これから私がすることみんなに話してもいーし、話さなくてもいーし」

「??」

「まぁ、どっちでもいーから。まかせるよ。あとさ、もうあんまり私と話したりしないほーがいいかも」

コンパスの針を、裏返した私のシートに刺した。

No.127



「ちょ、ちょっとっ!!アッキー!?」

「!何やって……!!」

驚いている二人の事は気にせずに三十回程針を刺して

「んー、こんなモンかなぁ……。あ!そうだ!」

今度は教員用の机に向かう。

引き出しを開けて中から黒のマジックペンを取り出した。

また教卓に戻る。

葉子ちゃんは私のマグネットシートをじっと見ている。

真紀子ちゃんは目を大きく開いて手で口を押さえていた。

「へへへ……、これで……っと!」

マジックペンでシートの端に1ミリ程の印を付けた。

「よし!こんな感じだな!」

「……………アッキー…………」

「ん?」

葉子ちゃんが聞いてくる。

「………どうするの……それ…………」

「んー。うん、まぁ…ね」


翌日。

No.128



翌日。

朝から教室は何となくおかしな雰囲気に包まれていた。

私はいつもの様にギリギリで登校したのだが、それでもクラスの異様な感じに気付いた。

男子も女子もほとんどの子達が自分の席で大人しく座っているのだが、皆何かを気にしている風で教室内の空気がどんよりとしていた。

授業が始まってからもそんな感じは続いていたが、どうやら先生は何も気付いていないみたいだった。

そのまま午前の授業とお昼、5時間目が終わり、6時間目。

席替えの時間がやって来た。



「じゃあ席替えするから今から男子からくじ引きするからなー」

と、先生は黒板の端に貼り付けてある青色の男子のマグネットシートを剥がして、教卓の上に裏返しにして乗せていく。

クラスの皆は誰一人話さない。

20枚程のマグネットシートを黒板から教卓に移動させた先生が

「よし、じゃあ男子出席番号順に前来て一枚引いてけー」

そう言ってくじ引きが始まった。

No.130



私は先生を見ながら(ほんっと、先生ってなんで気づかないんだろなぁ)と思っていた。

持田さん達が渡瀬くんやひとみちゃんのシートにコンパスで開けた穴の数は、一目見ただけでも分かるほど多かった。

(うーん、先生ってやっぱバカなんかなぁ)

男子達がシートを一枚ずつ引いて、黒板に貼り付けていく。

渡瀬くんは教室の真ん中、一番後ろの席に決まった。

(あそこか、「まとめる」って場所)

男子全員の新しい席が決まり、

「よーし、次は女子なー」

と、また先生が黒板から今度は赤色のシートを剥がして教卓に乗せた。



「………………………???」


女子の全てのシートを裏返しに置いた先生がおかしな顔をする。

先生は黙ったまま、マグネットシートに顔を近付けて眉を寄せてじっと見ている。

(あ、気づいたかな?)

暫くシートを見ていた先生は

「…………………じゃあ、女子」

と低い声で言った。

No.131



女子の出席番号最初の子が教卓前に立った。

マグネットシートを見て、ぎょっ!としたその女子の顔を見て私は笑いそうになった。

(おどろいてやんの。どっちかわっかんないだろ)

それでもシートを一枚引いてまた男子の時と同じ様に黒板に貼る。

勿論と言うか、引かれたのはひとみちゃんではなく別の子だ。

そうやってどんどんくじが引かれて行くが、シートを見る女子は皆が皆びっくりした顔をしていた。

そして14番目。

私がくじを引く番が来た。

まだひとみちゃんのシートは引かれていない。



(ん?あれ?なんだこれ??)

私が引く席の隣に決まっていた男子は、なんと渡瀬くんだった。

(なんだ??これ、ぐうぜんか??)



教卓に向かう途中、クラスの子達が

「………白ブタ………白ブタ……」

と何度もささやくのが聞こえる。

No.132



(ぐうぜんって言うにはなんか変だな)

そう思ったが

(まぁいっか、とくに別にかわんないし)



教卓に置かれたマグネットシートを見下ろす。

「んー、どれがいっかなー。どれだろー」

と、わざとらしく大きな声で言う。

「んーとー」

顔を近付けて穴の幾つも開いた、端に黒い印があるシートを探す。

「んー………これっ!」

シートを手に取って黒板に貼り付けた。

クラス中が時間が止まったかの様に静かになった。

「あっれー?私じゃん!うっそ、自分の引いちゃったー!」

あははは!と笑って

「渡瀬ー!またとなりだー!ヨロシクねー!」

と大声でクラス全員に聞こえるように言った。



くじ引き前に私が考えていたのは、そんなに難しい事ではなかった。

ひとつはひとみちゃんと私のシートが皆には見分けが付かなくなる様にする。

所謂、撹乱だ。

もうひとつはひとみちゃんのシートを私が渡瀬くん以外の男子の隣に引いてしまう。

その位だった。

No.133



偶然にしては出来過ぎだったけれど、結果としては持田さん達の思う通りにはならなかったので、私は満足だった。

教室は静まり返ったままだ。

私の次の出席番号の子が周りをキョロキョロ見ながら教卓へ向かう。

その子が引いたのはひとみちゃん以外の子のシートだった。

更にくじ引きが進んで、持田さんの番になった。

教卓前に立った持田さんが私を睨んでいたけれど、私は気付かないふりをして適当に横の方を見ていた。

持田さんが引いたのはやはりひとみちゃんのシートではなかった。

残りの子達がくじを引いていき、最後の一枚になった時。

「ちょっと最後引くの待て」

そう言って先生が教卓に向かった。

No.134

>> 133

「ちょっと最後引くの待て」

そう言って教卓に向かった先生は、最後に一枚残っているシートをじっ、と見る。

シートを手に取ると、ひっくり返して表側に書かれている名前を確認した。

クラスのほとんどの子が下を向いている。

先生は残っていたシートを黒板に貼り付けて、教卓に両手をついた。

シートには「吉田」と、ひとみちゃんの名字が書かれていた。

「……………前から」

先生の声は重たく、とても低かった。

「……このクラスでいじめがあったのは知ってた」

(はぁ!?)

私はびっくりした。

(知ってた!?じゃあ今までなんで先生だまってたん!?)

「吉田と渡瀬の悪口をみんなで言ったり、靴や物を隠したりしてただろ。何度も相談を受けたんだ」

開いた口が塞がらない、と言うのはこういう事だったろう。

私は口をポカンと開けて、先生を見ていた。

けれどもう頭に血が昇っていたのか、その後の先生の話はほとんど私の耳に入って来なかった。

ただ話の中で先生が

「お前達、もうすぐ中学生になるんだぞ!?」

とか

「六年生にもなって、いつまでこんな事してるんだ!!」

と怒鳴っているのだけは聞こえたけれど、そんな先生の声を聞けば聞くほど

(今ごろなに言ってんだよ!!)

と、余計に腹ばかりが立った。

No.135



結局6時間目の終わりまで先生のお説教は続いた。

くじ引きのやり直しは無かった。

私の隣はくじ引き通り渡瀬くん、ひとみちゃんは廊下側の一番後ろの席のままだった。

(先生って何がしたいんだ??)

さっぱり意味が分からなかった。



放課後になってすぐ、持田さんがひとみちゃんの席に駆けて行った。

「吉田さん!!ごめんね!私が悪いの!私がシルシつけようって言ったの!ごめんなさい!!」

両手を合わせてひとみちゃんに謝る持田さんの声は大きくて教室中に響く。

ひとみちゃんは何も言わず、困った様な顔で持田さんを見ていた。

「ほんとにね、ちょっといたずらしようと思っただけなの。ごめんね!」



偶々私の側にいた数人の女子が

「なにあれ……」

と言っているのが聞こえた。

「なに自分だけあやまりに行ってんの?」

「ぎゃくに一番にあやまったからって自分は悪くないみたいに見えるよね」

「白ブタとかずっといってたのに『吉田さん』だって」

他にも小声で色々言っていたが

(どーでもいい……)

と思い、私はランドセルを背負って教室を出た。

No.136



翌日のお昼休み、私は新しい自分の席で読みかけだった『ズッコケ大作戦』の続きを読んでいた。

それなりに集中して読んでいたのだが、「アッキー!」と、誰かが私を呼んだので顔を上げた。

(???)

「アッキー!」

もう一度呼ばれて声のした方を見ると、持田さんと何人かの女子が教室の窓側の席に座って私を見ている。

「アッキーはさー、私のドレイだよねー♪」

急に持田さんが笑いながらそう言った。

持田さんの周りの子達もニヤニヤしている。

(??なんだそれ?)

思った通りに答えた。

「ドレイになんてなったおぼえないけど?」

持田さんの顔が引きつる。

周りの女子達は驚いた顔で私と持田さんを交互に見ていた。

引きつった顔のままの持田さんと暫く目を合わせていたが、それ以上持田さんは何も言わない。

(いきなりなに言ってんだ??)

分からなかったし、他に話す事も無い様なので、首を一回傾げてからまた本に目を落とした。


本を読みながら思う。

(ドレイっての好きなやつおおいなぁ。はやってんのかな?)

No.137



さらに翌日。

持田さんは教室に現れなかった。

(もっさんどうしたんだろ?)

そう思ったが、先生もクラスの子達も何も言わないので

(びょうきかなぁ)

と誰かに聞く程の事では無いな、と黙っていた。



持田さんの姿が一週間経ってもクラスに無いままなので、さすがに少し心配になって先生に聞きに行った。

「先生、もっさ……持田さんどしたの?もうずっと来てないですよ?」

先生は少し言い淀んだが

「……ああ、持田は中学受験で学校は休みだ」

「えっ!?」

持田さんが中学を受験するなど全く聞いていなかったのでびっくりした。

「急に決めたらしいし、もうこのまま来ないんじゃないか?」

「このままって…そつぎょう式はくるでしょ?」

「さあ…どうだろうなぁ。家の方でも色々あるみたいだしな」

「……………」

「あんまりこの話、周りに言うなよ?」

「……はあ……」

「それより高木、人の事はいいから自分の事しっかりしろ。勉強ちゃんとしないと中学で困るのお前だぞ?あと、前髪切れっていつも言ってるだ……」

「こんど切ってきます!教室もどるんで!どーもでしたー!」

小言はかんべん、と先生から離れた。



(じゅけんって……いまからでも間にあうのかな……?きゅうにって、なんで……)

持田さんの家に電話をしようかと考えたけれど

(べんきょうのジャマかな)

と思い止めた。

(また会えるよね……?)

No.138



3月の卒業式に向けての準備で慌ただしくなった。

在校生と保護者への感謝として「6年生を送る会」で卒業生が楽器を演奏する為の練習が毎日あった。

私は歌を歌うのは好きだったけれど、楽器となるとさっぱり出来ず、練習も面倒でサボってばかりいた。


くじ引き以来、渡瀬くんやひとみちゃん、持田さん達の事は忙しさによってか話題にもならなかった。


相変わらず一人でぼーっとしていた私は

(中学イヤだな……)

と思っていた。

制服がスカートなのが一番嫌だったし、また1から友だちを作ったりするのが面倒くさかった。

(もう友だちいらないかな)

兎に角色々面倒だった。

1月に始まった生理が面倒くささに拍車をかけたみたいで、何に対してもやる気が起きなかった。


ちっとも練習をしなかったので送る会での私の演奏は散々だった。

運悪く位置的に保護者の人の目の前で演奏する事になってしまい、てきとうに楽器をひいているのがバレて冷や汗をかいた。


そんなこんなであっという間に卒業の日がやって来た。

No.139



卒業式当日、持田さんが久しぶりに学校へ来た。

私立中学のものらしい制服を着た持田さんは何人もの女子に話しかけていたが、声をかけられた子達は持田さんを避けている様に見えた。

持田さんは私には話しかけて来なかった。



式には父が仕事を休んで来てくれた。

母は変わらず家から出ないままだった。



式の後に泣いている子達がいたが

(そつぎょうくらいで泣くんだ)

と冷めた目で見ていた。

(どーせ中学またみんないっしょなのに)

私の通っていた小学校はすぐ側の中学校の学区内だったので、受験組の子達を除いて皆の顔ぶれは殆ど変わらない。

泣いている子達を横目に、父に

「おわったから帰ろ」

と言って家に帰った。

写真の一枚も撮らなかった。

私の小学校時代が終わった。

No.140



中学入学式の朝。

嫌で嫌で、けれど仕方ないのでスカートを履いてブレザーを羽織る。

股がスースーして落ち着かなかった。

外に出るのも嫌でギリギリまで悩んだけれど、学校へ向かった。



中学校の昇降口(げた箱)に続く階段下に貼られた組分けの表の前には、新一年生らしい子達が人だかりになって騒いでいる。

何人か顔に見覚えのある子もいたが、私はスカートを履いているのを見られたくなかった。

なので、組分け表から少し離れた場所で人気が無くなるのを待つ。

その内に教師らしい大人が数人現れ

「新一年生!自分のクラスの確認出来たら早く校舎入って!」

と人だかりに向かって声を掛けた。


ぞろぞろと階段を上がっていく生徒達の後ろをこっそりと通って、素早く自分のクラスをチェックする。

私のクラスは10組まである中の1年9組だった。

(あーあ、これから中学生か……)

ため息をついて教室へ向かった。

No.141



この中学校は学区が広く、主に三つの小学校から卒業生が集まっていて、その為生徒もクラスの数も多かった。

自由な校風で、制服も男子はブレザーか学ランのどちらか。

女子はセーラー服かブレザー、セーラー服はリボンは赤、青、黒のどれか、ブレザーのベストも色が紺なら好きな形のものを選べた。

(中学校ってなんかふしぎだな)

と色々な制服を着た子達を見て思った。



朝、ギリギリで自分の教室に入ったのは正解だった。

クラスの3分の1程度は小学校が同じ子達だったが、その子達に私がスカートを履いているのをからかわれたりはされなかった。

皆、緊張した面持ちで静かに席に着いていたし、式が始まるので体育館への移動をすぐにしたからだ。



入学式では

「自由と責任」

というフレーズが校長先生の話に何度も出て来た。

私はとにかくスカートの履き心地が悪くて話などろくに聞いていなかった。

けれど、まだセーラー服を着るよりはマシか、と思いながら少し大きめのブレザーの襟元を式の間中いじっていた。

これから三年間、子供から大人に近付く為の生活が始まる。









(………めんどくさい………)

No.142



入学式後、約1週間は小学校の頃と同じ様に教科書の配布や自己紹介、班決めなどでやはり慌ただしかった。

1週間の間で同じ小学校だった子数人に「アッキーがスカートはいてるー!」とからかわれたが、それもすぐに無くなった。


座席は出席番号順、男女交互になっていて、私の席は窓側から3列目の一番後ろだった。

(目だたなくてよさそう)

とホッとした。


1週間しか経っていないのにクラスの子達はすでにほとんどが友達作りに成功していた様で、休み時間に一人なのは私だけだった。

グループになっている子達を教室の後ろの席から見ながら

(またコイツらもだれかいじめるんだろな)

と思っていた。

勿論、私が小学校で渡瀬くんを転ばせた事を忘れた訳ではなかった。

自分も含めて誰も信用なんて出来ない。

(もう、ひとりでいい。てか、帰りたい)

頬杖をついて窓の外ばかり見ていた。

No.143



暫く経って授業が始まったけれど、先生が何を言っているのかさっぱりで、教科書やノートに落書きばかりしていた。

まだ中学生になったばかりで授業の内容も小学校の頃のおさらいの様な感じだったが、まず私は基礎から何から出来ていなかった。

主語や述語が何かも、面積の出し方も、都道府県も、電池の直列と並列の違いも、なんなら東西南北すらも分からない。

英語なんてアルファベットすら書けない位だった。

もうただただ授業中、時間を潰す事しか考えていなかった。



けれど中学に上がってひとつだけ楽しみにしていたものがあった。

部活動だ。

この中学は小学校の時と同じく私の家からすぐそばだったので、父や友達と文化祭に小さな頃から何度も遊びに来ていた。

六年生の時にも友達と文化祭に来て、その頃興味のあった演劇部の劇を見て

(ここの演劇部すごい!!)

とびっくりした。

体育館の舞台上にはまるで本物の様な大道具。

きらびやかな衣裳を身に付けた何十人もの人達。

体育館に響き渡る美しい音楽。

それより何より演じている人達の演技がとても上手で素晴らしかった。

後に知ったのだがこの中学校の演劇部は、市の演劇大会で最優秀賞を連続で何年も獲っている常勝校だった。

(中学生になったらぜったい演劇部はいる!!)

と決めて、それだけを楽しみにしていた。

No.144



兎に角、早く部活!部活!とばかり思っていて他の事に全く気が回っていなかった。



入学式から3週間程経った頃のホームルームで、担任の先生が

「明日遅刻しないようにな~」

と言うので何かあるのかと、小学校が同じだった白田(しろた)さんに聞いた。

「え?明日はオリエンテーリングだよ?アッキー知らなかったの??」

知らなかった。

と言うか、オリエンテーリングとは何かも分からなかった。

「前にプリントもらったよね、7時30分に学校に集ごうだよ。アッキー、プリント見てないの?」

多分無くしたのだと思った。

白田さんにプリントを無くしたと思うと話して、更に翌日の服装や持ち物を聞いた。


体育で着るジャージ(中は体操着)、歩きやすい運動靴で、朝7時30分に学校へ集合。

持ち物はリュックサック、弁当、水筒(飲み物は水かお茶)、タオル、筆記用具、他。


白田さんにお礼を言ったら

「アッキー、ほんと小学校の時とかわんないねー」

とあきれられた。



家に帰って慌ててリュックサックや水筒を押入れから引っ張り出していたら、母に見つかった。

「リュックどうしたの?何かあるの?」

見つからなかったら言うつもりは無かったのだが、仕方なく母に明日オリエンテーリングがある事を話した。

「じゃあお弁当いるよね」

「……いや、いらない」

「なんで?いるでしょ?」

「いいから」

「???」

「つくんなくていいから!!」

「???」

No.145



あれだけ「いらない」と言ったのに、朝になって母にバンダナで包まれたお弁当を渡されて家を出た。

オリエンテーリングが何か、どこへ行くのかも分からないままバスに揺られて車酔いをして気分は最悪だった。

1時間か2時間掛かったか定かでないが、着いた場所はどこぞかの山の中腹のただっ広い駐車場。

一体ここはどこなんだ、これから何をするんだと分からない事だらけだった。



「3分あいだ開けてスタートだぞー」

班ごとに分かれたそれぞれのグループに先生達が一々声を掛ける。

「次!スタート!」と言われたグループの子達が、木や草が生い茂った山の中にぞろぞろと入って行く。


クラス順だった為、9組の私のいた班は大分遅いスタートになった。

何をスタートして何がゴールになるのかも私にはさっぱりなままだったが、取りあえず班の皆に着いて山の中に入った。


私の班は男子が4人、女子が私を含めて3人だった。

この班は学校の教室での班と同じメンバーだったが、私は回りとほとんど話さないでいたので、その子達と仲が良い訳でも何でもない。

山の中をダラダラと歩きながら

(これ、どうすりゃ終わんの??)

とスタートしたばかりなのに思っていた。

No.146



山の中30メートル間隔ほどごとに先生が一人立っていて、

「ルートから絶対外れるなよー!」

と、側を通る班の子達に声掛けをしていた。

ルートと言われてもはっきりとした道は無く、ロープが張ってある訳でもない。

長い間誰かが踏みしめ続けた様子の獣道みたいな、潰れた草の上を確かめながら歩く。

その日は4月中旬にしては随分と暖かく、木々の間から強めの日射しが山の中を照らしていた。

歩いて数分で額に汗が浮かぶ程に気温も上がっていたみたいだ。

朝に自分で作って来た水筒の氷入り麦茶を(せつやくしとこ)とチビチビと飲んだ。



私の班には白田さんがいたが、小学校が同じだったとは言えやっぱり仲良しだった訳ではなかった。

ただ、分からない事を逐一(と言ってもたいして質問もしなかったのだが)教えてくれるので有りがたかった。

(白田さんいてくれてよかった)

と、知った顔が側にいた事にも少しホッとしていた。

No.147



山の中を歩く私達の班には、幼稚園時代になんとなく距離が開いた##くんもいた。

##くんはいつの間にか班の地図係りになっていたらしく

「あっちに○○があるから~」

等、コンパスを握りながらメンバーの子達に指差しで指示を出していた。



暫く歩いた頃、班の中の少し背の低い一人の男子が

「ねー!あっち行ってみようよー!」

と私達に言ってきた。

どうやら少し冒険がしたくなった様だ。

その男子は道らしき道も無さそうな草むらの中に入って行く。

偶々側に先生はおらず、注意される事も無さそうだった。

##くんを除く残り2人の男子が笑いながら背の低い子の後を追いかける。

##くんが

「そっちじゃないよ!!かってに行くなよ!!」

と言ったが、聞く耳も持たずに3人の男子達はずんずんと進んで行ってしまう。

No.148



##くんは怒った感じで

「おまえらもどってこいよ!!」

と草むらの手前で手をメガホンがわりにして大声を出したが、3人の男子はお構い無しに進んで行く。



私を含む女子3人は少し離れた場所に残されたまま、どうしたものかと暫く黙っていた。


白田さんが

「………どうする?」

と、やっと口を開く。

「とめた方がよくないかな」

もう一人の痩せて小柄な女子が小さな声で言った。

私は暫く考えていたが

「まぁ、だいじょぶじゃない?それよりさ、あいつらとはなれちゃうのヤバくないかな?」

さすがにこんな場所で遭難は無いだろうと思いそう言った。

学校が遭難するような場所を選んで中学生を連れてくるとは考えられない。

その考えが仇になるのだが、私は二人に

「追いかけよ?あいつらだけ行かせんのマズい」

と言って、草むら前の怒った顔の##くんにも声を掛け、大分先まで行ってしまった男子達の後を追う為に草むらに踏み入った。

No.149



草むらに踏み入って少しして

「………えら………れー!………くなー!」

と誰かの声が聞こえた。

多分先生が私達に気付いたのだと思うが、立ち並ぶ木々に声が阻まれたのか、何を言っているかは良く分からなかった。



草むらに入り込んでから数分で、膝まで程度の丈だった筈の雑草は、いつの間にか腰の辺りまで覆ってしまう位の高さになっていた。

周りの木も密集してきていて、先にいる男子達が良く見えない程だ。

(うーん……そろそろとめないとヤバいか……)

「おーい!あんたら、もう行くなー!」

大きな声で呼んだが、3人は盛り上がってしまったみたいで止まる気配も無い。

段々と焦ってきた。

「ねぇっ!とまれってー!!」

聞こえているのかいないのか、男子達は止まらない。

(ちょっとちょっと……ヤバいぞ、コレ……)

後ろを振り返って見ると、私達以外の生徒も先生も、元来た道も見えなくなっていた。



そのまま私達7人は山の中、道に迷ってしまった。

太陽はほぼ真上、汗が幾筋も首を伝っていた。

No.150

道に迷った事に気付いたのは、腰の高さまである草むらを抜け出てからだった。

それまでと違う明るい広場の様な場所に出て、やっと皆が

「ここどこ??他のみんなは??」

と、私達以外の生徒や先生が見当たらないのに驚いた様だった。

先に進んで行った3人の男子は後ろなどほとんど見ていなかったらしく、少し慌てた顔をしていた。


7人の中で一番不安げだったのは、痩せた小柄な女子だった。

ジャージに貼り付けられているゼッケンには「住吉」と書かれていたが、私には読めなかった。

「……ねぇ……ここ、どこなの?…帰れるよね……?」

「住吉」さんが草むらに入る前よりもっとか細い声で言う。

誰も何も答えない。

「うそ……まよっちゃったの……?」

「だから行くなっていったじゃないか!!」

突然##くんが怒鳴った。

##くん以外の男子達が身を縮ませる。

「どうすんだよ!!先生に怒られたらおまえらのせいだからな!?!?」

「ちょ、ちょっと!##!今、先生とかどーでもいいから!」

口を出した私に

「はぁ!?なんだよ、どーでもいいって!よくないだろ!!」

「##、ちょい落ちつけ!あんた地図もってるっしょ?それにこの場所書いてない?」

##くんがハッとして手に持っている地図を見る。

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