哲学する風俗嬢
文庫本片手にお金儲け
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>> 20
NHKオンデマンドで、第2回、第3回の放送まで見た。西研さんの話を、聞き手の伊集院光さん・安部みちこさんが、今回はここまで結構ついてこれてる、今の状況の理解に役立つから第4回が楽しみだ、と嬉しがっていた。実際分かりやすい。
神様を信じている人がいたとして、そのことを神様を信じていない人はなぜ信じているか理解できないだろう。しかし判断停止(現象学的エポケー)を行なえば、神を信じる人がいてもおかしくないし、共生してゆくためにはどうしていったらよいのか考えるだろう。
エポケーというギリシャ語の難しい言葉だけど、わけの難題を押し付けるような嫌な人に対して、ちょっと「エポケーしましょう」って言って驚かせるということにより、煙に巻き、こちらの身を守ることだってできそうだ。
最後の4回が楽しみになってきた。
>> 19
今日は、NHK100分で名著 第3回を拝読 私が要約すると以下
(ちなみに本のタイトルは、第1回学問の危機とは何か 第2回科学の手前にある豊かな世界 第3回 現象学的還元によって見えるもの 第4回現象学で何ができるか)
古代ギリシア以来の哲学の世界では、客観主義が強くなるとそれを解毒する相対主義的な思想が台頭する、ということが現代まで繰り返されてきた。しかし客観主義にも相対主義にも陥らず信頼できる共通認識を作るにはどう考えればいいか、そこにメスを入れたのがフッサール。
その為には既存の知識について肯定も否定もしない「現象学的エポケー(判断停止)」という概念に行きついた。意識を超越したところに客観世界があるはずだという信念を「世界信念」と呼んで、世界信念は生活の中で絶えず再生産されていると考えた。
結果として、現象学は、自分の信念のうちに、他者と共有できる条件を持つものと、持たないものがあると考えた。
私の所感ですが、フッサールが直面していた、ナチズムやマルキシズムが、政治家によって身勝手な解釈をされてゆき、共通認識されるグループが政治団体として暴走するのを、学問の立場から、止めようとしたのではないか、と思います。
>> 17
100分で名著「フッサール」の第2回を銀行の待ち合わせ時間にちょい読み
自然科学は、測量術が、古代エジプトでナイル川が氾濫してももとの面積がわかるように生まれた。それが古代ギリシャで幾何学に発展する。そして近代へ。…面白いなあ👉
哲学も古代ギリシャで生まれデカルト、カント、と受け継がれた。彼らには実験と観察によって得られたデータに基づいて客観世界を解明する自然科学の方法に代わって、「主観」の立場から認識・価値・自由を考えようとした。…自然科学と哲学は全く別物だなあ👉
「『客観的に真の』世界、すなわち学問にとっての世界の方は、学以前の経験と思考にもとづく、ないしその経験と思考によってつくり出された妥当性にもとづく、いっそう高次の形成体なのである。」フッサール
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