§§§

いつか、私は自由になる日はくるのかな？

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ママが身支度を済ませて出掛けた後に、この河原で１人、川を見るのが好きだった。

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陽が完全に暮れてしまったので、商店街で夕食のおかずを買い、ママが鼻歌で歌う歌を私も鼻歌で歌いながら、アパートに帰る。

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『まきちゃん』

アパートの前で、後ろから声を掛けられた。

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『さえぐささん、こんばんは』

私は、声のする方を振り向いて挨拶をした。

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『今日のおかずは…コロッケだね』

さえぐささんは、白い棒で辺りを確認しながら、わざと鼻をクンクンしながら近づく。

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さえぐささんが隣に来た辺りで、手をとり肩に乗せてアパートの階段を上がる。

『さえぐささんもコロッケでしょ？石井さんのコロッケ美味しいもんね』

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『まきちゃんに教えて貰ってから、僕もすっかりファンになったからね』

さえぐささんの部屋の前について

『じゃ、おやすみなさい』

『おやすみ、まきちゃんまた明日ね』

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部屋に帰り、冷やご飯とコロッケと朝ご飯の残りの味噌汁で食事を済ませた。

テレビを見たかったけど、電気代節約とかで、ママがいない時はつけてはいけないルールがあった。

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私は、押し入れから来年着る中学の制服を取り出した。

ママの知り合いの娘さんのおさがりで少しサイズが大きいので、直していた。

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針に糸を遠そうとした時に

『トントン』

扉が叩かれた。

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台所の椅子にのり窓を少し開けて誰が来たか確認するとさえぐささんだった。

『まきちゃん、いるかな？』

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『ちらっと待ってね』

私は急いで椅子から降りて扉を開けると、いい匂いがした。

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『実家から梨が届いてね、お母さんと食べて』

さえぐささんは、袋に大きな梨を3つ入れて持って来てくれた。

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『ありがとうございます、さえぐささん、お茶どうですか？』

１人で退屈でもあったし、声をかけてみた。

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『ありがとう、でも女の子１人の部屋に上がるのはよしておくよ』

そういうとさえぐささんは優しい顔をした。

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さえぐささんは、半年程前に同じアパートに越してきた。

目が悪く、その治療と仕事をする為にこの街にきたという。

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はっきり年齢を聞いたわけじゃないけど、多分20代半ばぐらい。

優しい雰囲気の人だった。

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『わかった、梨ありがとうね』

『じゃね』

扉を閉めた瞬間に電話がなった。

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《またか…》

私が電話をとると、

『30分ぐらいしたら行くことになったから』

ママからの電話だった。

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『うん…』

私は、電話を切って部屋を片付けた。

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30分を少し越えた時に、扉が叩かれた。

『はい…』

私が扉を開けるといつもの男が入ってきた。

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私は、ママに売られていた。

『痛いのは最初だけだから、生きていくにはお金が必要だからね、わかった？絶対に逆らっちゃだめよ』

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小4の私は、何が何だか解らなくてあまりの痛みに絶叫した。

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今の客は楽でいい。

手で触るだけであっさりと済ませてくれる。

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今日もいつもと同じようにことを済ませると、男は封筒に入れたお金を渡して部屋を後にした。

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私は、ママに言われていた場所にその封筒を片付けた。

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次第に自分が何をやっているのか解った時に、全身から血の気が引いたのを覚えている。

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私は、中の下ぐらいのルックスに酔ったママに殴られた後やタバコを押しつけたられた後が服の下にあった。

『あんたみたいな子が稼げるのは、小さい時だけよ。しっかり中学の学費ぐらいは稼がないとね』

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学校では、早い子達はそういう経験を済ませている子はいたけれど、私みたいな子は多分…いや絶対にいない。

派手さもなく、貧乏で同じ服のローテーションの私は地味で目立たない存在だった。

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《中学を出たらどこか住み込みで働ける場所を探すのが、私の唯一の希望だった。》

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それでもママのことは嫌いにはなれなかったし、自由にはなりたいけど、ママを１人にするのは切なくも思った。

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押し入れから布団を出して横になった。

天井を見ながら、ふと涙がこぼれた。

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朝、目が覚めてもママはまだ帰っていない。

男が出来るといつもこう、きっと昼頃迄は帰らないだろう。

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朝のニュースの時間はテレビをつけてもいいと言われていたので、冷凍庫から食パンを出してトーストで焼き、コップに牛乳を注いだ。

《梨食べたいな…》

手にとりかけてやめた。

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ママに見せる前に食べたらきっと叱られる。

私は、朝食の片付けをして学校に向かった。

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少し前にさえぐささんが歩いていたけど、梨の味がどうだったか聞かれたら困るので、遠回りになるけど別の道を歩くことにした。

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学校では皆、昨夜のドラマの話題で盛り上がっている。

《ドラマ見てみたいな…》

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学校で楽しみなのは、給食の時間。

温かくてバランスのいい食事を唯一とれる大切な場所だ。

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あっという間に授業が終わる。

私は、図書館に寄って本を借りて帰ることにした。

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《ママ帰ってるかな…》

本を大切に抱えながら、家に帰った。

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「まき、お帰り」

アパートの扉を開けると、ママが、楽しそうにボストンバックに着替えを詰めている姿が見えた。

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《またか…》

「ただいま…。」

私は、荷物を部屋の隅に置いて、ママをチラッとだけ見た。

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「ちょっと、あんたその態度なに…！」

ママが、私の態度にスイッチが入ってしまい、頬をパチンと叩かれた。

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ママは、男との中が深くなると、毎回数日～その男のところに転がり込む。

今回もまたそれだ。

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私は、何も言わずに背を向けて座る。

「まき、あんた誰のおかげでご飯が食べれると思ってるの？！」

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ママが、私の髪を引っ張る。

「本当にあんたって子は、親への感謝の気持ちがないの！」

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ママの語気がどんどん強まる。

「かわいくない子ね！！」

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ママは、私を蹴る。

私は、頭を抱えるようにして、その行為が終わる時をひたすら待った。

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《こんな人からじゃなく、普通の優しいママから産まれたかった》

私は、心の中でそう思って必死に耐えた。

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「シャンプー代の無駄よ」

ママはそういうと、私の髪をハサミで切る。

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「ママにだって、自由はあって当然よ！解った？二度と逆らわないことね」

ママはそういうと、カバンを持って部屋を出て行った。

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ヒールで階段を降りる音が響く。

私は、ママに切られた髪を集めてゴミ箱に入れていた。

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《せっかくもうすぐポニーテール出来そうだったのにな》

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「ドンドンドン」

扉が叩かれる。

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《大家さんだ》

扉の叩き方ですぐに解った。

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私は慌てて、ママの鏡台の前で髪を結ぼうとしたけどあっちこっち長さが足りずに無理で、目の前にあったカチューシャをして、扉を開けた。

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「また、かぁーちゃんと喧嘩したのか？」

そういうと、勝手に部屋に上がりこむ。

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60歳は過ぎてるだろうけど年齢を聞いたことはなかった。

「夕飯食ったのか？」

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「いいえ、まだです」

私が答えると

「じゃ、おいで」

そういうとぐぃっと私の腕を引っ張った。

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大家さんの部屋に連れて行かれて、ちゃぶ台の席に座らされる。

次第にいい匂いがしてくる。

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（今日は、何の煮物だろう）

大家さんは、いつも喧嘩の後にママが出て行くと現れて食事をご馳走してくれていた。

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温かいご飯

こいもといかの煮物

ほうれん草のごまよごし

きんぴらゴボウ

大家さんの漬けた漬物

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「おかわりあるからね」

そういうと、テレビのリモコンを渡してくれる。

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私は、普段見れない学校で話題のバラエティー番組をつけさせてもらう。

「これ見てもいいですか？」

「何でも好きなのでいいよ」

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大家さんは、ぶっきらぼうだけど、いつも優しい。

私とママの喧嘩についてもあれこれ聞いてきたりもしない。

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ご飯のおかわりをいただいてお漬物をパリパリ音をさせながら食べる。

テレビからは、楽しそうな声が聞こえている。

（幸せだな…）

しみじみとそう思った。

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「食べるかい？」

冷凍庫から、アイスを出してくれた。

「ありがとうございます」

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カップのまわりに霜が沢山ついている。

いつ、私が来ても食べれるように用意してくれている証拠。

大家さんはそんな事は言わないし、私も言わない。

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食べ終わった頃、時計を見ると、もうすぐ22時になりそうになっていた。

「遅くまで、すいません」

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私は、慌てて食器を流しに持って行き洗おうとすると、

「早よ帰って宿題しな、片付けはいいから」

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そういうと、しっしと手で私を追い立てる。

優しい言葉が苦手な大家さんの照れ隠し。

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「ご馳走さまでした、おやすみなさい」

「おやすみ」

私は、部屋に戻り掃除をした。

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鏡台の前に座り髪を整えてみる。

（右側、切ってみようかな）

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裁縫用のハサミを使い、合わせ鏡をして後ろの方も出来る範囲で切り揃える。

「もうすぐ、ポニーテールだったのにな…」

独り言がもれた。

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宿題をしようとノートを広げてみたけれど、やる気になれない。

（…散歩に行くかな……）

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夜風にあたると、心地よい。

（誰も知らない場所に行きたいな…早く大人になりたい）

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人通りの多い道を過ぎたあたりで、

「ねぇ、ちょっと」

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パッと見て気持ち悪い感じの男に声を掛けれた。

私は、無言で足を早めて離れる。

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「ちょっと待ってよ」

男も足を早める。

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「逃げなくてもいいのに」

そういうと、私の肩に手を置く。

「やめて下さい」

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その気持ち悪い手を振り払おうとしたけれど、男の力に叶わない。

「写真とらしてよ、可愛くとってあげるから」

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男の気持ち悪い手から逃れたくて、激しくもがく。

「ちょっと、写真とるだけだから、ねっねっ」

臭い息遣いがたまらなく嫌だ。

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「まき！」

男の後ろから、名前を呼ぶ声がした。

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「早川君！」

同じクラスの男の子。

「おっさん、警察呼ぶよ」

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「なっなんだよ…ふん」

男は、未練がましい目で私を見ながら、立ち去って行った。

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「乗れよ」

早川君が、自転車の後ろに乗るように促す。

「ありがとう、歩いて帰るから」

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「１人だと危ないぞ、乗れよ」

ぐいっと腕を捕まれた。

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「…わかった」

私は、諦めて自転車の後ろに乗る。

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早川君は、学校内でも有名な子だった。

勉強もそこそこ出来て、スポーツ万能で、所謂スター的存在。

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「お前の家、高台の方だよな」

私を乗せて重くなったので少し息があがっている。

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「重いでしょ？降りるよ」

坂道に差し掛かり声をかけると、

「ばか、大丈夫だよ」

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たちこぎをして、一気に坂を上がりきってしまった。

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（肩幅から背中がまだ子供だな…）

ふと、今迄見てきた大人達と比べてしまって、慌てて頭を振った。

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アパートの近くで自転車を降りて、

「ありがとう、もうすぐそこだから」

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早川君は、急に自転車を降りられて、少しよろめいている。

「びっくりした！…なぁ、喉渇いたからお茶いっぱい飲ませてよ」

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私は、断るわけにもいかず部屋に通した。

「親は？」

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早川君が、部屋に誰もいないのか確かめるように聞く。

「あぁ、ママはちょっと出かけてるの」

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私は、お茶を渡すと少し離れた場所に座った。

（何か嫌だな…）

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まだ子供だけど、早川君から男のにおいがする気がして、早く帰って欲しかった。

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早川君は、お茶を一気に飲み干すと、

「ご馳走さま！」

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すぐに玄関に向かい靴を履き始めた。

（良かった…考え過ぎだよね。）

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私は、早川君から感じたそれが勘違いだったんだとほっとして、靴を履く早川君の傍に行き、見送ろうとした。

その時、

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急に振り向いて抱きしめられた。

「俺さ…」

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早川君の体は、私よりも細いし、まだ子供の体つき。

「ちょっ、離して」

私は、振り払おうとするけど、力強くて無理だった。

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「お前のこと好きだから」

そういう早川君の横顔が真っ赤になっているのが見えた。

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（もういいか、今更１人増えたところで変わらないよね）

私は、抵抗するのをやめた。

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「じゃ、帰るわ！お茶ご馳走さま」

早川君は、パッと私から離れると、急いで部屋から出て行った。

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（それだけ…？……）

私は、少し呆気にとられて立ち尽くす。

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（早川君が、私を…まったく似合わない）

私は、お茶を入れて飲みながら、ふと２人でいる姿を思い描いて、少し笑えた。

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（目立たない私になんとなくちょっとって感じだろうな～）

勝手に色々と思い巡らせて何となく気分が変わっていた。

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さっさと宿題を終わらせてしまった。

時計を見ると、もうすぐ12時になりそうだけど、まだ眠気はそれほどない。

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布団を敷いて横になると、頭の中で、色々な思いが巡った。

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（早く大人になりたいな…結婚はしないし、彼氏もいらないだろうな…）

ぐるぐるとくだらないことばかり考えているうちに眠りこんでしまった。

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いつもの時間に目が覚めたものの、学校に行くのが億劫で布団から出る気がしない。

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声色を変えて、学校に連絡をして休む旨を伝えた。

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こういう時は、ママが普段面倒だからと学校と関わりあいを持たないことにありがたく思う。

授業参観もこないし、面談も受けないママ。

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ママは、自分のしたい事だけをするという人。

幼い頃からずっとその姿をみてきたので、何の疑問も感じなかった。

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時々、学校で他の子のママの話しを聞いていると、うちのママが特殊な部類の人だという事が解っていった。

でも、解ったところでどうしようもない。

好きでも嫌いでも、親を選ぶ事は出来ないから。

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布団から出ずにテレビを見て午前中を過ごした。

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（お腹すいたな…）

時計を見ると12時を少し過ぎている。

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冷凍庫から食パンを取り出して食べた。

（夕方までは、外に出ない方がいいかな…）

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再び布団に入って横になろうとした時に、携帯が鳴った。

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着信の通知番号にまったく身に覚えがない。

（…誰？…出た方が…でも学校なら出れないし、いいかな…？）

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かなり長い間呼び出し音がなり続けてからきれた。

（ママだったかな？急に携帯替えたりもしそうだしな。でも、今は、学校の時間だしかけてこないだろうし……）

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携帯を片付けて気にするのをやめた。

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布団に入りながら、テレビをつける。

ワイドショー番組やドラマの再放送。

チャンネルを色々回してみるもどれもいまいち見るきになれない。

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テレビを消して、天井を見上げた。

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取り留めのないことが、頭に浮かんでは消えていく。

（幸せって、何だう…）

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もやもやとした気持ちが嫌になり、布団の中にすっぽり入って堅く目を閉じた。

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色々な思いが浮かんでは消えていく。

（どうせ叶わないなら願わない方がいい…願うことすら、私には身の程知らずな気がする……）

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私の空想の中には、優しいママとパパがいて、たまに会いにいく。

空想の中の優しい２人とショッピングをしたり、ママとお菓子を作ってパパが嬉しそうに食べる姿を見るのが楽しい。

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今日も２人に会いにいこうとしたけれど、妙に白々しい気持ちになって、やめておくことにした。

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時計を見ると、15時を少し過ぎている。

（もう、いいかな？）

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私は、身支度を済ませて駅前に向かった。

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本屋に入り、雑誌コーナーから書籍コーナーへ、気になる本を探す。

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30分ぐらいかけて、じっくり見たけれど、欲しいと思う本は見つからなかった。

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何だか、妙に寂しい気持ちになってきた。

《私って…１人なんだな…》

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駅前の商店街を目的なく、歩いて店先に並ぶ色々な商品に時々目をやった。

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「まき」

後ろからぐぃっと肩を掴まれた。

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声だけで、誰か解った。

（何でまた…）

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「今日、さぼりだったの？」

サッカーボールを片手に持った早川君が、私の隣に並ぶ。

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「………」

何て返答しようか迷っていると、

「そんな時あるよな！」

早川君は、こちらの気持ちを察してそう言うと、話し続けた。

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「俺さ、今から河原に行くから一緒に行こう」

そういうと、ぐいっと手を掴まれた。

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まだ幼いながらも男の人らしい手になりつつある感じがする。

妙に寂しかった気持ちが、少し埋まる気がして、そのまま着いて行くことにした。

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河原につくと、サッカーボールを暫く蹴り合う。

早川君が、学校の話しなどを楽しそうに話す。

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はつらつとした様子を見て何だか虚しくなってきた。

（…幸せなんだろうな……いいな…）

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「疲れた？何か飲み物買ってくるよ」

早川君は、ボールを私に預けて走って行ってしまった。

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（これ以上、一緒にいたくないな…）

ボールを置いて立ち去ろうかとも思ってけれど、出来ずに河原に腰掛けた。

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「これでいい？」

西日を浴びた早川君が、私にジュースを差し出す。

（かっこいいな…）

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「ありがとう」

受け取ると、少し間をあけて早川君が隣に座った。

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「あのさ…」

早川君が、先程迄とは違いはぎれ悪そうに話し出す。

「何？」

私は、ジュースを一口飲んで話しを促した。

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「まきって、好きな奴いるの？」

早川君が照れくさそうに少し早口に話す。

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（好きな人か…朝のニュース番組のあのお姉さんかな…って、多分そういう好きとは違うよな…）

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「…いるよ」

私は、適当に返事をした。

「そっか…俺じゃないよな？」

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早川君が、祈るような目で私を見る。

その目が綺麗で見惚れてしまう。

（早川君って、やっぱりかっこいいな…）

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「…ごめん。もしかしたらさ…そう思って」

早川君は、少し目を伏せて目線をそらした。

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その様子を見ていたら、胸が締め付けられた。

（男の子から、男の人になる時って、こんな感じなんだ…）

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私は、早川君の肩に手をかけて顔を近付けた。

早川君の目が驚いて見開いているのが解った。

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私は、早川君にキスする寸前で我に返った。

（まずい…何やってるんだ私）

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何となく雰囲気にのまれていた自分に気がついて、唇に触れる間近で踏み留まった。

（汚しちゃいけない…私じゃだめ）

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私が離れようとするより一瞬早く早川君が、ぐぃっと唇を押しつけてきた。

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それはキスといえる様な物じゃなく、只唇が触れ合っただけなような行為。

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早川君の顔が離れると、私は下を向いた。

（どうしよう…誤解されたよね）

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「ありがとう…俺さ…嫌われてるかな？ってちょっと心配してたから、すげぇ嬉しい」

早川君を見なくても、表情が解った。

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（…まずいな…やっぱりそうとっちゃうよな…）

私は、どう誤魔化したらいいか必死で考えた。

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「俺、初めて好きになったのがまきだったから…両思いになれて本当に嬉しい」
早川君がどんどん話しを進める。

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「違うの…あの…」

私は、振り絞るように声を出した。

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「うん？何て？」

声が小さくて聞こえなかったらしく、聞き返されてしまった。

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「…ごめん、帰るね」

私は、そういうとその場から逃げる様に走り出した。

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「えっ？…ちょっと…」

すぐに早川君が追いかけてくるのが解った。

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（お願い…追い付かないで…）

私は、必死で走ったけど、すぐに追い付かれた。

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「送るよ」

早川君は、私の手をとり握りしめた。

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（恥ずかしがってるって思われたのかな…）

私は、抵抗出来ずにそのまま歩いた。

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「俺、来週引っ越すから、どうしてもまきに告白したかったんだ」

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握られた、私の手から私の汚い物が早川君にうつっていきそうで不安だった、気持ちがその言葉ではれた。

（良かった…思い出作りだったんだ。それぐらいならいいよね）

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「会いにくるから…だからさ、他の奴好きになったりするなよ」

早川君が、ぐっと手に力を込めた。

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話しをややこしくしたくなくて、私は頷くだけにした。

（大丈夫…きっと大丈夫だ。）

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アパートの近く迄くると、
「じゃ！明日は学校来いよ」

早川君は、にっこり笑いながらそういうと走り去った。

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早川君の姿が見えなくなってから、アパートとは反対に歩き出した。

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でも、すぐに足が止まった。

（どこに行くっていうの？あの部屋しか帰る場所はないよね）

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部屋に戻ろうとして、夕飯がないことを思い出した。

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商店街について、買い物をはじめようと思ったら、電話が鳴った。

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「♪♪♪」

着信は、お客。

（ママもいないし、無視しようかな…）

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暫く携帯を眺めていたけれど、しつこく鳴るので諦めて出ることにした。

「もしもし…？」

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「15分程したら着くから」

それだけ言って電話は切れた。

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私は、何も買わずに部屋に戻ることに。

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部屋に戻った直後ぐらいに男が尋ねてきた。

「どうぞ…」

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男は、玄関から上がろうとせずに、封筒を差し出してきた。

「あの…？」

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私が受け取るのを戸惑っていると、

「お前の母親は暫く帰らないから、これから時々こうやって金を渡しにくる」

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（どういうことだろう？…聞いても多分教えてもらえないんだろうな）

「解りました、ありがとうございます」

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「じゃ、また来る」

男はそれだけ言うとすぐに帰って行った。

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（ママはあの男と一緒にいるのかな？…）

私は、封筒の中を確認すると10万円も入っていた。

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（えっ？こんなに？）

お札の後ろにメモ紙があり

《10日おきぐらいにくるから、そう思って使うように。》

そう書かれていた。

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（家賃は確か3万円、光熱費を考えても5万円あればまかなえる…凄いお金だ！）

私は、封筒のお金を机に並べてみた。

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（…これが、ママの値段なのかな…？…）

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（ママは、本当にあの男と一緒にいるのかな？…）

机のお金を集めながらやはり気になった。

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携帯を取り出してママの番号を出す…。

（どうしようかな…）

以前、男と一緒の時に電話を掛けて出てもらえなくて帰った後で、掛けたことでぶたれた記憶があったので結局掛けるのをやめた。

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私は、もう１度買い物に出掛けた。

ｽｰﾊﾟｰで、値引きのｼｰﾙが貼られたお弁当と、これまで買ったことがないおしゃれ雑誌を買って急いで帰宅した。

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お弁当を食べながら雑誌を早速見る。

小学生の女の子が化粧をして、綺麗な服を着てポーズを決めている。

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（同じこの世の中に生きてる人なのかな？！）

私は、あまりの知らない世界にドキドキが止まらない。

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モデルの女の子達の着ている服や小物は全てきちんと値段がかかれていて、販売先まで書かれている。

私が住んでいる町からは遠くて行けないけれど、似た物は揃えることは出来そうなお店がある場所はわかっていた。

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もう１度封筒のお金を出してみた。

（服買ってもいいのかな…？…次の日曜に行ってみようかな…）

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少し心配な気持ちと、知らない世界を見ようとするドキドキの気持ちで、何だか落ち着かない。

こんな気持ちは、初めて味わっているのかもしれないな。

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私は、家賃と光熱費を別の封筒にしまい残りを財布を入れた。

（明日から、欲しい物をどんどん買おうかな…）

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財布に入ったお札を見ながらその夜は興奮して、中々眠りにつけなかった。

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翌日、学校に行くと早川君が笑顔で手を振ってきた。

（…？なんだろう…？…）

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私は、昨日早川君とおこった事をすっかり忘れていた。

「おはよう、今日塾が終わったらちょっと会いに行っていい？」

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周りにいた女子が、私達のことを見て、ｺｿｺｿ話している。

（まずいな…学校で目立つことはしたくない）

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慌てて早川君を非常階段の下に促して、

「学校で話しかけないで、皆に色々言われるの嫌だから」

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私は、早川君に嫌われても平気なので強気で言い切った。

「わかった…ごめん。でも、まきの家って電話ある？」

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うちには固定電話はない。私が首を振ると

「連絡とれないから…わかった！じゃ、学校終わったら…」


早川君は、学校近くの場所を指定して、そこで落ち合おうという提案をしてきた。

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（面倒くさいな…）

私は、いっきにうんざりした気持ちに。

（仕方ないか…引っ越し迄の辛抱だもんね）

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「わかった」

私は、それだけ伝えると教室に走った。

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授業中もずっと、何を買うかで頭がいっぱいだった。

（前から使ってみたかったあのリップクリームをまず買おうかな…）

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学校が終わり、すぐに帰って買い物に行きたかったが早川君との約束の場所に向かう。

（…いやだな…誰かに見られたら面倒だな…そうだ！用事があるからってすぐに言って帰っちゃおう）

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約束の場所に早川君は先にいて、私を見つけると大きく手を振る。

（…すぐに帰るっていわなきゃ）

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「一緒に帰ろう」

早川君にそう言われて、一瞬何も言えなくなりそうになった。

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「…いや？」

早川君が怪訝な顔で覗き込んでくる。

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（どうしよう…こういうの苦手だな……）

何て言ってこの場を切り抜けたらいいか思い浮かばない。

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「買い物して帰るつもりだったの」

正直に話してみた。

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「一緒に行ったらまずいよな」

早川君が私の望む方向に自ら話しを向けた。

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「…うん、誰かに見られたら嫌だし、１人で行きたい」


「解った、…じゃ！」

早川君は、名残惜しそうに手を振ってその場から去った。

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（良かった…）

早川君のことは、好きじゃないけど、やっぱり人を傷つけることはためらわれるし、出来ればしたくない。

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そのまま駅前のお店に向かっていっきに走った。

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女の子が欲しそうな物が沢山並んでいるそのお店にはいつも眺めることしか出来なかったけれど、今日は入れる。

しかも、買い物が出来る。

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走って息が切れていたのを深呼吸で整えて、お店に足を踏み入れた。

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狭いお店には、同じ年ぐらいの女の子が数名。

私は、左右を見て胸が高鳴っていくのを感じる。

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（夢みたい…今なら何でも買えるんだ！）

私は、お財布を握りしめて一呼吸。

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色々な品物を見ていると、気持ちが冷めていく。

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（…私が、ここに置いてある品物にふさわしいのかな…）

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他の子達が、友達同士で楽しそうに見ているのも気になり出した。

（私は、違う…だめだ…）

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何も買わずに、店を飛び出した。

（苦しい…）

胸がかきみだされて、息が苦しくなった。

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（似合わない…あそこにある物全てが私には……）

公園までたどりついて、ベンチに腰かけると、涙が溢れてきた。

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拭っても拭っても涙が次々に溢れてくる。

公園に誰か入ってくる気配を感じて、見られないように飛び出した時に、人とぶつかった。

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「…っ、すいません」

私は、謝ってすぐに立ち去ろうとすると、

「まきちゃん？」

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相手は、さえぐささんだった。

「…こんにちは」

涙声にならないように必死で声を出した。

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「まきちゃん、駅前の新しく出来たカフェに連れて行ってくれない？」

優しい声でさえぐささんが言った。

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さえぐささんは、何も言わないけれど、私が泣いていたことはきっとわかっているはず。

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「…はい」

私は、さえぐささんとカフェに向かうことにした。

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「助かった、１人で行っても注文が出来ないだろうし、変わった飲み物にチャレンジしたくてね」

さえぐささんは、他愛ないもない話しを続けてくれた。

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１人でいるのは耐えられなかっただろう…けど、友達もいないし、ママもいない。

そんな時に、優しいオーラをまとったさえぐささんと一緒にいれることは、救いになった。

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さえぐささんはずっと、他愛ないも話しを続けてくる。

私は、時折相づちをうつだけでよくて、涙声を解消出来た。

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カフェにつくと、窓際に近い席に案内された。

店内は、お客がまばらで友達同士やカップル、読書する人など様々。

心地よいボサノバの音楽がかかり、観葉植物の配置でお客同士の視線をうまく遮るようになっていた。

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「いらっしゃいませ」

店員さんが、お冷とMenu表を2冊置いて、

「お決まりになりましたらお呼び下さい」

そういうと、さっとその場を離れた。

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「コーヒーの種類を教えてくれる？」

さえぐささんに言われて、コーヒーの欄を見つけて読む。

どれも見たことも聞いたこともない、おしゃれな長い名前ばかり。

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「変わった種類があるね」

さえぐささんも少し驚いた様子。

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さえぐささんは、ナッツの香りがするコーヒー。

私は、お花の花びらが入っていると書かれた紅茶をオーダーした。

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飲み物が届くまで、お店の内装をさえぐささんに説明しながら過ごした。

（こんなおしゃれな空間初めて…１人だったらどんなに緊張しただろうか…）

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「お待たせしました」

ガラスのポットに花びらが咲いているように見えて

「綺麗…」

私は、思わず口にしてしまった。

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恥ずかしくなって、顔を下げると

「私もこの紅茶、綺麗で好きなんですよ」

店員さんが優しく微笑んでくれた。

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「ありがとう」

さえぐささんが、自然とフォローしてくれた。

（何て素敵な人達なんだろう）

私は、その空間に自分が存在していることがこの上なく幸せに思えた。

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私は、カップに紅茶を注ぐ。

ポットの中で花びらが踊るのを見て、ますます見惚れてしまう。

「いい香りだ」

さえぐささんも満足そうにコーヒーを口にした。

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さえぐささんが、色々な話しをしてくれて、１時間ぐらいがすぐにたった。

「まきちゃん、お腹すかない？」

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「すきましたね」

「夕飯食べようか、大丈夫？」

「はい、大丈夫です」

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食事用のMenu表を持って来てもらい、さえぐささんにMenuを説明する。

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（さっきまであんなに辛かったのに、今はこんなに幸せな気分になれるなんて）

私は、嬉しくてたまらなかった。

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Menuは、5種類程でどれもスープがついている。

二人で別々な物をオーダーすることにした。

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異性といても緊張なく心地よく感じるのは、私にとってはさえぐささんが、初めての存在。

さえぐささんの出す空気感がほんわりとして、心が和んだ。

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料理が運ばれてきた。

「お待たせしました」

私の物はワンプレートで、さえぐささんの物は別々のお皿に盛り付けられていた。

こちらからは何も言わなかったけれど、察してそうしてくれた様だ。

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私は、時計周りで何が置かれているかさえぐささんに説明する。

「ありがとう、じゃ、食べようか」

「はい、いただきます」

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メインのお料理を少しかえっこして食べる。

２人で、美味しいねと言いながら食事が出来ることが私にはとっても幸せなことだった。

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食事が終わり、飲み物が運ばれてくる頃には、私は少し前迄泣いていたことすら忘れていた。

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さえぐささんの醸しだす優しい雰囲気とお店の雰囲気がぴったりで居心地が本当に良かった。

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「ご馳走していい？」

お会計前にさえぐささんがきちんと尋ねてくれる。

「ありがとうございます、でも自分の分は、自分で支払いたいです。」

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「解った、じゃそうしよう」

別々に会計をしてもらい外に出ると、少しひんやりした風が吹いている。

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「少し、寒いね」

さえぐささんが肩に置いた手が温かい。


「そうですね」

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何気ない動作、何気ない言葉にぬくもりが伝わってくる。

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アパートの前までくると、見たことのない綺麗な女の人が立っている事に気がついた。

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（さえぐささんのお客さんではありませんように）

彼女が見えた瞬間に願った。

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夜風にのって、彼女の甘い香水の匂いがした時に、

「ゆう？」

さえぐささんがそう言うと

「うん！」

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彼女は、さえぐささんの隣にすっと立つ。

「この子がまきちゃん」

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さえぐささんが彼女に私を紹介する。

「……」

彼女の口が開きかけた瞬間に

「こんばんは、じゃ、私見たいテレビがあるので」

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それだけ言うと部屋に駆け込んだ。

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水道の蛇口を目一杯ひねり水を飲んだ。

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綺麗な髪に優しい表情、脚もすらっと長くて、物凄くもてそうな人。

（私なんて、１ﾐﾘもかなわないや…）

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布団を引っ張り出して頭から被る。

（今頃、あの二人……）

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布団から出て、台所の水道の栓を目一杯ひねった。

コップから溢れる水を一気に飲み干してその場に崩れ落ちた。

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「あははは」

自分の乾いた笑い声が聞こえた。

（やっぱり、私ばかだ…さえぐささんが、自分のものだとも思ったの？）

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床を撫でるとひんやりとして気持ちいい。

もう一度立ち上がり、部屋の窓から空を見上げると、丸い黄色の月が見えた。

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ママの鏡台の前に座り、ママのブラシで髪を梳かす。

一重瞼に団子鼻。

鏡にうつる自分にため息が出た。

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ママは美人ではないけれどどこかはかなげなところがあり、そこが魅力的。

子供の私から見てもそう見えた。

私には、まったくその要素がないから、きっと父親に似てるのだろう。

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何かを考えると全部が絶望的な気持ちになりそうな気がしてやめた。

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再び窓辺で月を眺めていると少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

（何かを望もうとするな…目の前の真実のみを淡々と受け入れろ…そうしていれば時間は過ぎるはず）


呪文のように心の中で繰り返した。

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布団に戻り、横になったものの眠れずに朝を迎えた。

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起き上がろうとするも体が泥のように重い。

（今日は、休んで寝ていよう…きっと眠れば大丈夫になる）

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いつものように学校に電話して休む旨を伝え、布団に戻るといつの間にか眠ってしまっていた。

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「ﾄﾞﾝ…ﾄﾝ…すいません、こんにちは」

誰かが扉を叩く音と声が聞こえた。

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時計を見ると15時を過ぎていた。

（何かの集金？勧誘？）

私は、とりあえず起きて扉を少し開けて相手を確認することにした。

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「どなたですか？」

扉を開けると早川君が立っていた。

「心配で来た…迷惑だったかな？」

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早川君の何とも言えない表情を見て、胸が切なくなった。

（そうだ、早川君がいた…）

私は、１人ぼっちになった淋しさから救われた気分になった。

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「ううん、来てくれて嬉しい…あがって」

私は、早川君を部屋に招き入れた。

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私は、布団を急いで2つ折りにしてお茶を出す。

（そっか…だめなんだ…私じゃ……）

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「ありがとう」

早川君がお茶を一口飲む頃に汚れている自分を思い出した。

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早川君がお見舞いにおやつや飲み物を沢山くれて、私は冷蔵庫に片付けていると。

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「お母さんは？」

早川君の声を背中で受けた。

まさか家出中、しかも男の所なんて言えない…。

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「今、出張中なんだ。来週には帰るし、よくあることだから平気だよ」

「…そうか…大変だな…」

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早川君は、それ以上何も言わずに静かにお茶を飲んだ。

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私は、思わず早川君をじっと見つめる。

（睫毛が長いな…綺麗な顔だな……）

今更ながらに、早川君のかっこよさをしみじみと感じた。

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「あのさ…いいんだけど……いやっ、ちょっと嬉しくもあるんだけどさ…けど、やっぱりそうじっと見つめられると照れるよ」


早川君が、少しはにかんでみせた。

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その顔がまた何とも言えない。

胸がきゅゅっと苦しくなった。

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早川君が机を挟んで向かい側にいたのに、すっと私の隣に移動してきた。

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私に少し触れる位置に座ると、

「俺さ、今一緒に暮らしてる親は本当の親じゃないんだ」

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「…えっ？」


（それって、どういう事だろう？………何で今そんな事言いだすんだろう）

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「俺、施設に預けられててそこにボランティアに来てたのが今の母さん」

早川君は、淡々と話す。

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「子供を引き取るつもりはなく来てたらしいけど、俺を見た途端に『この子は、私の子だ』って思ったらしいんだ」

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「なぁ…まき…まきも家庭は色々ありそうだけど、俺もだよ…あっ！でも今の両親はよくしてくれるし、感謝してる」

静かな語り口調がやけに大人びて感じた。

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私は、何も言えなくてそっと早川君の腕を掴んだ。

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早川君がそっと手を掴み、優しく繋いでくれた。

その手が温かくて、涙がこぼれた。

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「私…わ…っ…私ね……親に売られてるんだ」

初めて、他人に話した。

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早川君の手に力がぐっと入った。

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「話してくれてありがとう…俺さ、まきのこと好きだよ、変わらないから」

俯いてる私の頭をわしわしと撫でてくれた。

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「だめだよ…私じゃ…」

涙がポロポロとこぼれる。

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「俺たちはまだ自分達じゃ何も出来ないけど…後10年も経たないうちに、自立出来るようになる！それからが、本当の自分だよ」

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隣に座る早川君の体から温かみが伝わってきて、心がじわりと温められていく。

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時間がどのぐらいたったのか忘れた頃に、気がついた。

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「早川君、帰らなくていいの？」

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「今日は、青木の家に泊まるって言ってある」

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本当に青木君とそんな話しになっていたのか、初めからうちに泊まるつもだったのか…

色々と聞きたいこともあったけど、それ以上お互いに何も言わずにいた。

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うとうとして、早川君の肩に頭がぶつかった時に、そっと引き寄せてくれる腕の力加減に、心底ほっとした。

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「おやすみ」

そう言って、頭を撫でて貰って、私は眠りに落ちた。

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目が醒めても、目を開けたくなかった。

（このままずっと、ずっと…）

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１人の孤独から逃げ出したい、こんな私を好きだといってくれる貴重な人が、傍にいて欲しい。


胸が熱く苦しくなった。

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早川君の太ももに手をのせて、すっと中心に伸ばそうとした時に、

（だめだ、私が汚しちゃいけない）

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すっと、太ももから手を引いて、気がついていません様にと、目を開けると早川君はまだ、寝息をたてて眠っている様だった。

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（良かった…）

時計を見るとまだ5時少し過ぎたぐらい。

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私が、もう１度目をつぶろうとした時に、


「ねぇ、まき…キスしていい？」

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「……」


私は、何も言えなくて無言でいると、私の手をｽｯととると、手の甲に唇を当てた。

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唇が触れたあたりから、全身に痺れるようなﾓﾉを感じた。

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たったそれだけのことなのに、心臓が激しく鼓動をうつ。

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たったそれだけなのに、この衝動…。

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《だめだ、私はこの人と一緒にいちゃいけない！》

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